あの日、あの時、あの場から~人生は出逢いで決まる⑪~

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歯が痛い? いや、俺は眼が痛いんだ!

渋谷のジャン・ジャンで「授業」を観劇し・・・、

 

それまで、18年間生きてきて、コンサートやピアノリサイタルなどは、

大きなホールで鑑賞したことはあったけれど、

プロが演じる本格的な劇を、おまけに役者に手が届きそうなほどの近距離で

間近に観るという経験は、私はその時が初めてでした。

しかも、後に伝説となった、名優中村伸郎の渾身の演技を目の当たりにして、

少なからぬ感動を覚えたことを、今も新鮮な感覚で記憶しています。

もうすでに42年もの歳月が過ぎてしまったのですが・・・。

 

とにもかくにも、その翌日から、長く、饒舌かつ難解な台詞を覚える日々が続きました。

何とか夏休み中には立ち稽古に入らないと、9月の文化祭の本番までに間に合わない、

ということで、私は必死に台詞を覚えました。

というのは、この劇の登場人物は、たったの3人ですが、

そのうちの一人はメイド役で、ちょい役。

教授(私)の相手役の女生徒は、登場場面のほとんどは舞台の上の椅子に座りっぱなし。

そしてその舞台は、と言えば、体育館のステージで、客席とは1メートル超の段差が。

つまり、女生徒が座っている椅子の前の机の上に、台本をちゃっかり置いていても、

観客たちの位置からは、それが何かは見えず、教科書でも見ているのだろう、

ということでバレないのです(笑)。

 

そして主役の私はと言えば、女生徒が座る、その椅子と机の周りを

ウロウロと歩きながら、立ちっぱなしで矢継ぎ早に語り続けなければならず・・・、

したがって、丸暗記が絶対条件だったのです(´;ω;`)ウッ…。

 

そこで、私は演出担当の「オタク」君に、台詞をテープ録音してもらい、

ひたすら耳から台詞を覚える日々、日々、日々・・・。

自分でも、その時は驚異的な記憶力を発揮した、と感心しましたが、

確か、1週間ほどで、ほぼ完璧に(?)台詞をマスターすることができました。

 

そして、間もなく立ち稽古が始まり・・・。

 

といっても、皆、演劇部員でもなく、素人なわけですから、

当初は、棒読みの台詞と台詞のぶつけ合い、といった感じで、

まったくサマにはなっていなかったと思いますが、

この難しい劇を、なんとか自分たちなりに、高校生なりにモノにしたい、

という意欲と熱意だけは、十分にあったと思います。

 

YouTubeで「授業」の録音を聞かれた方は、お分かりと思いますが、

この劇は、教授の異常さと狂気を描いたものですが、

劇中、何度も失笑してしまうようなやり取りも、多く散りばめられています。

なので、演じるのが難しいながらも、楽しく取り組むこともできました。

 

ただ、私の眼は9月に入っても、相変わらず痛く・・・。

少しも治る気配はありませんでした。

 

実は、「授業」は、後半に入ると、

相手役の女生徒は、教授の執拗かつ理不尽な“口撃”について行けなくなり、

身体的にも拒絶反応を示すようになります。

その象徴が「歯痛」。

女生徒は劇中、「歯が痛い!」「歯が痛い!」「歯が痛―い!!!」と

連呼・絶叫する場面が何度も出てきます。

稽古で、何度も何度も、その同じ台詞をやり取りしているうちに、

教授役を“演じて”いたはずの私は、疲労と苦痛と興奮とで混乱し、

思わず、「なに?歯が痛い??? 俺は眼が痛いんだよ!!!」

と、台本にない台詞を怒鳴り返してしまうことが、一度ありました。

しかし、そんな錯乱も、傍で見ているとまったく違和感がないような、

それほど激しく異様な劇であり、またその特訓のあり様でした・・・。

私にとっては、まさしく修羅場でした。

 

自分は授業をまともに受けられないのに、

そんな自分が授業を授ける役を演じるなんて・・・、

今、思えば、あまりにも皮肉な巡り合わせでもありました。

 

そして、数日が過ぎ、

悪戦苦闘を重ねた末に迎えた、文化祭での上演当日・・・。

なんと、ステージ上には、大きな落とし穴が待ち受けていたのです。

 

                                                                           (つづく)