あの日、あの時、あの場から~人生は出逢いで決まる⑬~

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出口のない迷路

文化祭の終了は、

ほとんどのクラスメイトにとっては、本格的な受験勉強の始まりの合図。

そして、私にとっては、まともな高校生活の終わりの合図となってしまいました。

 

賭けていた演劇での失態という挫折感からなのか、

それとも、目の前のやらなければならないことを失った喪失感からなのか、

私の体調不良は、眼の痛みだけに留まらなくなってしまったのです。

 

具体的には、頭重、片頭痛、肩こり、腰痛、左の肩甲骨付近の痛み・・・。

 

朝起きてから、夜寝るまで、眼を開けている間中、眼は痛く、

それに加えて、なぜか理由はわかりませんでしたが、

とにかく身体が疲れ、体力も奪われていく感じでした。

 

憔悴した私は、次第に学校からも足が遠のき、行ったり行かなかったり・・・。

確か、10月から12月の間だけでも、35日程度は欠席をしてしまいました。

そして、長引く身体の不調は、勢い精神にも悪影響を及ぼし始めたのでした。

 

根は明るく、冗談も言い、楽しいことを考えるのが好きなはずの私でしたが、

どんどん気分が沈み、くだらない、つまらぬことばかり考えるようになって行き・・・。

そしてそのことで、ますます体調が悪くなるという、負のスパイラル状態・・・。

 

私の18歳の誕生日は、このように暗く、切なく、

さながら、出口のない迷路をさ迷う中で迎えたのでした。

 

体調不良だけであれば、それに耐えうる精神力を、

自分は持ち合わせていたのではないかと思います。

 

しかし、18歳と言えば、多感な時期。

実は、「授業」を演じたことから派生した、恋愛や失恋といった、

青春時代特有の様々なスピンオフドラマも、折悪しく重なり・・・、

それがさらに私の精神と肉体を痛めつけ・・・。

 

まさに、阿修羅の如く、眠れぬ狂おしい日々が続いたのでした。

(この身体の不調は、いったいどうしたことなのだろう?

 碌なことが頭に浮かばないし、考えもまとまらない・・・。

 もしかしたら、精神に異常を来しているのか?

 いや、そんなことはない・・・。ないはずだが・・・)

 

数日後、私は横浜市民病院の、今でいう心療内科の診察室に居ました。

誰に勧められたというわけではなく、自分の意志で受診したのです。

 

そこの医師は、私の話をよく聞いてくれました。

しかし、いわゆる診断名は、お決まりの「自律神経失調症」。

そして、しばらくはこの薬で様子をみてください、と

処方されたのは、「ホリゾン」という名の薬でした。

 

この薬、今調べると、

・ベンゾジアゼピン系の抗不安薬(緩和精神安定薬)で、

 比較的安全性が高く、依存性もそれほど強くはない。

・同類薬のなかでは、作用の強さが中くらいで、作用時間は長い。

・筋緊張緩和作用、抗けいれん作用が強く、肩こりや腰痛、

 また熱性けいれんの予防にも使われる。

とあります。

 

ベンゾジアゼピン系の薬物?

今では、長期に服用した場合には、離脱症候群が問題となっている薬。

危ない、危ない。

 

しかし、その時は、

医師からの薬についての説明は、特になかったと記憶しています・・・。

 

この薬、私の症状には効きました。

この薬を飲むと、確かに眼の痛みも、身体の凝りも感じなくなり、

よく眠れるようにもなったのです。

しかし、薬が切れれば、また元の木阿弥・・・。

 

私は考えました。

これは、いわゆる麻薬なんだな。

実際には、眼の痛みも、身体の痛みもあるはずなのに、

おそらく、この薬は痛みそのものを感じる中枢を麻痺させる薬なんだろう。

だから、これは治療ではなく、単なる誤魔化しの気休めじゃないか。

こんなのを飲み続けたら、ほんとにやばいことになる・・・。

 

数日後、私は再度、病院に行き、

医師に臆することなく、自分のそうした考えを伝えました。

すると医師は、

「あなたは、そうして冷静に自分の状態を分析できるのだから、

 薬に頼らずとも、やっていけるはずだ。云々・・・。」

 

褒められたような、慰められたような、

しかし結局、毒にも薬にもならないことを言われ、

またすごすごと病院を後にしたのでした・・・。

                        (つづく)

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