Nevertheless(それでもなお)・・・

「いつか見た青い空」

先日、懐かしい人に会いました。

 

昔話に花を咲かせているうちに、「へえ、そうだったの。」

「そうか、そんなふうに思っていたのか。」というように、

お互い思い込みや思い違い、わかり合っていると思っていたことが、

案外誤解していたことなどがわかり、今更ながら相互理解に至った、

ということを経験しました。

 

自分ではちゃんと見ていた、と思っていたことが、存外そうでもなく、

その時は見えなかったことが、時の流れも手伝って見えてくることがあるものです。

 

懐かしいといえば・・・。

 

たしか高校1年の時だったと思います。

テレビの深夜映画にたまたまチャンネルが合い、

観るつもりもなかった映画を見、途端に画面に惹き込まれてしまったことがありました。

 

『いつか見た青い空』。原題は『A patch of blue』。

アメリカの名優シドニー・ポワチエの若かりし頃の主演映画で、

一瞬にして彼のファンとなってしまった思い出の一本です。

 

ポワチエ演ずる青年ゴードンは、

毎日公園でサングラスをかけた盲目の若い女性セリーナが、

一人刺繍の内職仕事をしている様を目にしていました。

 

ある日、いつものようにセリーナが木陰で手仕事をしていると、

そこに毛虫が落ちてきて、驚いた彼女は仕事道具を辺りに散乱させてしまいます。

見かねたゴードンが手を差し伸べたのが、2人が仲良くなるきっかけとなりました。

 

それから毎日のように、2人の公園の木陰での語らいが続きますが、

黒人差別が公然となされていた時代でもあり、

白人娘と黒人青年のツーショットに、道行く人々は眉をひそめていました。

 

しかしセリーナは盲目故に、

ゴードンが黒人であることは知る由もなかったのです。

 

一方のゴードンは、そうした世間の冷たい視線に、

セリーナが晒されることをむしろ気遣いながらも、

その境遇を知れば知るほど、彼女を支えてあげたいとの思いが強くなっていきます。

 

かつてセリーナは、生後5歳までは目が見えていたのです。

実の母の浮気が父にばれた時の、激しい夫婦喧嘩のとばっちりで怪我をし、

両目の視力を失ってしまったのでした。

 

母はその後もセリーナに対し、虐待、ネグレクトを繰り返し、

母親の相手男性に性的暴行まで受けたセリーナでしたが、

母親に逆らうこともできずに、

健気に内職仕事をしつつ、母親に虐げられる日々が続いていたのでした。

 

そんなセリーナにとって、知的で優しく、

いつもセリーナの知らない興味深い話をしてくれるゴードンとの束の間の逢瀬は、

何物にも替えがたく、彼女のゴードンへの思いは当然、日増しに強くなっていきました。

 

しかしある日、セリーナは周りの人の会話から、

ゴードンが黒人であることを知ってしまいます。

 

ところが、それでもなお彼女は、うろたえるどころか、

むしろ、その事実の前にかすかに微笑みさえ浮かべるのです。

 

一方、母親の悪だくみはエスカレートし、

友人とともに売春宿を立て、そこでセリーナも働かせようと計画します。

それを知ったセリーナは、一人ゴードンに会いに行くのでした。

 

「あなたの顔を見せてほしい」と両手の指で、

いとおしむようにゴードンの顔の輪郭を撫でるセリーナ。

そして「あなたが黒人であることは知っているわ。」

「私を愛しているなら結婚して。」と訴える彼女。

 

しかし、「そうしろ!」との“若き鑑賞者”の声をよそに、

あくまでも冷静なゴードンは、彼女への熱い思いをぐっとこらえ、

彼女のために、「君はまだ若い。これからちゃんと学校に通って、

いろんなことを学んでからもう一度考えてごらん。」とやさしく語りかけるのです。

 

その後、母親の姦計を暴き、

セリーナを保護したゴードンは、

寄宿舎のある学校に、セリーナが通えるように手配したのです。

 

そして別れのラストシーンへ。

 

セリーナにとってゴードンは、5歳まで見えていた「青い空」そのものだったのです・・・。

 

私がこの映画を初めて見た高校1年生の時には、

悲恋物語として、ただただ切なさややるせなさばかりが心を占めたものでした。

 

が、時が流れるにつれ、人は「見えている」ことで、

真に大切なものごとを「見落とし」、「見失う」ことがあり、

逆に、「見えない」ことで、

実はものごとの本質をしっかりと「見る」ことができる場合があるのだ、

という、この映画のメッセージに、思いを致すことができる自分がいます。

 

『いつか見た青い空』。

もう一度じっくり観てみたい、私にとっての珠玉の名作です。

 

                              (了)

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神奈川県立高等学校教諭を経て、1995年度から神奈川県教育委員会生涯学習課にて、社会教育主事として地域との協働による学校づくり推進事業に携わる。

その後、神奈川県立総合教育センター指導主事、横浜清陵総合高校教頭・副校長を経て、2008年度から高校教育課定時制単独校開設準備担当専任主幹。

2009年11月、昼間定時制高校の神奈川県立相模向陽館高等学校を、初代校長としてゼロから立ち上げ、良好な人間関係の構築とセルフ・コントロールを目指す選択理論心理学を学校経営の根幹に据えた、日本初のクオリティ・スクールの創設を目指す。

2012年4月から神奈川県立総合教育センター事業部長を経て、2014年3月に神奈川県を早期退職後、学校法人帝京平成大学現代ライフ学部児童学科准教授として、教員養成に携わる。

2018年3月に大学を早期退職し、同年4月に、大学勤務の傍ら身につけた新手技療法「ミオンパシー」による施術所:「いぎあ☆すてーしょん エコル湘南」を神奈川県茅ケ崎市にオープンし、オーナー兼プレイングマネージャーとして現在に至る。

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