創作読物 31「学校にさえ行ければいい、ということでもない」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「そうですか…。

 それで、先生たちとは、どんな話をしたんですか?」

「あ、ええ。

 いつもは担任の先生だけが来てたんですけど…。

 その日は、学年主任の先生もいらして…。」

「事前に、訪問するというアポ取りはなかったんですよね?」

「そうですね。

 担任の先生がいらっしゃる時は、いつもお電話があったんですけど…、

 その日は、何か、学年主任の先生のご都合が急についたということで…。」

「そうですか…。

 担任の…、えっと…、平井先生ですか?」

「ええ、そうです。」

「平井先生がいらした時は、陽香さんはどうしてたんですか?」

「予めいらっしゃることがわかってますので、

 陽香は、やはり部屋に籠って、先生には顔を合わさなかったですね。」

「じゃあ、敢えてアポなしで来たのかな…。」

「ええ、そうおっしゃってました。

 なので、ほんの一瞬でしたけど、

 その日は、陽香はお二人にちょっとだけ会ったというか…、

 すれ違ったというか…。」

「そうでしたか。

 じゃあ、そのあと、お母さんが先生たちと話したんですね?」

「ええ。

 平井先生は…、いつものように、ご自分からは特に何かおっしゃる

 ということはなくて、ただ陽香の様子を聞き取るというか…。

 でも、学年主任の久保田先生は…、

 その先生とは、その時初めて話したというか…、

 なので、陽香のことも、もちろん、お話したことはなかったのですが…、

 なんか、それにしてはちょっと強引と言うか…。」

「保健室登校あたりを勧められたんですか?」

「あ、ええ、そうなんです。

 でも…、中3の時に一度やってるんですよね、保健室登校。

 でも、結局、長続きしなくて…。

 なので、私はあまりその気にならないというか…、

 今の陽香の様子見てると、保健室であっても、

 学校に行くのはちょっと無理かなぁ、と思えて…。

 陽香に話しても、きっと、乗って来ないだろうし…、

 それに…、学校にさえ行ければいい、ということでもないんじゃないかなと。」

「なるほど。

 飯塚さんは、以前からそういうお考えでしたか?

 それとも、ちょっと考え方が変わって来たということなんでしょうか?

 例えば、1ヶ月前に学年主任の先生に、それ言われたら、

 どうしてましたかね?」

「ああ…、もしかしたら…、

 陽香に話してたかもしれないですねぇ。

 でも…。」

「でも?」

「ええ、でも…、

 最近は、今の陽香にとって、いったい何が一番いいことなのかな、と

 考えるようになった、と言うか…。

 たぶん、以前だったら、学校に行くことが一番いいに決まってる、って、

 思ってたと思うんですけど…。」

「そうですか…。

 じゃあ、お母さんの中で、少しずつ何かが変わってきてるんですね。」

「そうかもしれません。」

「前にも言いましたが…、

 そういう変化って、陽香さんも感じてると思いますけどね。」

「そうかもしれませんね。

 そのドキュメンタリーを見るなんていうのも、

 私、ちょっとびっくりしましたからね。」

「そうですか…。

 で、お二人とは、あとどんな話をしたんですか?」

「ええ。

 でも、私があまり、その気にならない感じだったからか、

 学年主任の先生が、一方的に言いたいことだけ言って…、

 というと失礼ですけど…、でも、そんな感じでしたね。」

「その時、担任の平井先生は、どんな感じでしたか?」

「ええ。

 私も平井先生はどう思ってんだろう、と気になって、

 チラチラと伺ってたんですが…、

 あまり表情を変えないというか…、

 でも、無理もないというか…、

 平井先生はまだ若くて…、

 なんか、大学院出て、先生になってまだ2年目で、

 陽香のクラスが、初めての担任らしいので…、

 なので、学年主任の久保田先生の前では、余計何も言えないというか…、

 そんな感じでしたね。」

「ほう、そうなんですか。」

「ええ。

 久保田先生は、体育の先生なんですけど…、

 今年から学年主任になったらしいんですけどね、

 去年までは、生徒指導の主任だったらしくて…、

 なので、何て言うか、強面って言うか…、

 話し方もちょっと、強いというか…、ちょっと怖いというか…。」

「まあ、体育の先生だからっていうのは、ちょっとね(笑)。

 飯塚さん、ちょっとそれは偏見ですかね…。

 国語の先生だから、字がうまいとか、文章がうまいとか…、

 そういうのって、みんな先入観と言うか、偏見ですからねぇ(笑)。」

「え?

 国語の先生は、文章書くのうまくないんですか?

 だって、生徒の書いた作文とか、添削とかするじゃないですか。」

「まあ、文章の良し悪しを見分けることはできるんでしょうけど、

 その人自身が、いい文章書けるかどうか、ってのは、また別ですからねぇ。」

「えっー。

 そうなんですかぁ。」

「そりゃ、そうですよ(笑)。

 あ、ごめんなさい、ちょっと脇道にそれちゃいましたね…。」

「あ、えーと、何でしたっけ…。

 あ、そうそう、

 なので、平井先生のお考えのほうが聞きたいというか、

 知りたかったんですけどね…、その時は駄目でした。」

「平井先生がお一人でいらした時は、どんな話をしてるんですか?」

「ええ。

 陽香は部屋から出て来ないので、もっぱら私と話すんですが…、

 ただ、話すと言っても、平井先生はいつも聞き役と言うか…、

 陽香の家での様子を聞いて…、

 あとは、私が愚痴と言うか、まあ、そういうこと言って…。

 でも、最近は、愚痴なんか言ってないんですよ。

 このあいだいらした時も…、

 そうそう、先生とこんな話をしてるんです、と言ったら、

 なんか、すごく興味ありそうな顔して、聞いてましたね。」

「じゃあ、お母さんがここにいらしてることは、

 平井先生はご存知なんですね?」

「はい、そうです。

 私が言いましたから。

 言っちゃ、いけませんでしたか?」

「いえいえ。そんなことはありませんけど、

 平井先生は何か言ってましたか?」

「ええ、ぼそっと、僕も会ってみたいなぁ、って言ってましたよ(笑)。」

「へー、そうですか。」

「なので、先生のお名前は伝えましたけど…。

 大丈夫でしたか?」

「ええ、大丈夫ですよ。

 あ…、飯塚さん。

 今日はもうこれで時間ですね。」

「あ、そうですね。

 来週またお願いできますか?

 私、実は陽香に会って、話をしてほしいって、思うようになって…。」

「私とですか?」

「ええ、そうです。

 でも、陽香に何て言ったらよいか、わからなくて…。

 先生にお知恵を借りられないかなぁ、って思って。」

「そうですか…。

 じゃあ、まあ、とにかく来週、また同じ時間でよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします。」

 

(つづく)

 

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