創作読物71「精神的な体罰だったんだろうね」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「まあ、

 でもさっきの五人組の制度にしても、

 マイナス面だけじゃ、もちろんなかったと思うんだよね。」

「と、言うと?」

「うん。

 確かに、組内で互いに見張り合ったり、

 牽制しあったりしなきゃいけないってのは、

 監視社会そのものだし、しだいに人の顔色見たり、

 だから、場合によっては風見鶏的な人を作ったりしちゃうんだろうけど…。」

「ええ。

 そうでしょうね。

 疑心暗鬼と言うか…、

 壁に耳あり障子に目あり、じゃないですけど、

 なんか、息苦しさを感じてたんでしょうね。」

「まあ、実際の生活は、そんなにギスギスしたものじゃなかったとは思うけど、

 それでも、しがらみで身動き取れないってことは、

 今以上にあったのかもしれないね。

 それがマイナス面ね。」

「じゃあ、プラス面と言うと…。」

「うん。

 共同責任とか、連帯責任て言うと、

 なんか、重たい感じを受けるけど、

 もっと単純に、お互いに助け合う、

 つまり、互助っていうふうに捉えると、

 いい習わしと言うか、捨てたもんじゃないと言うか…、

 それはプラス面だったんじゃないのかなと、ね。」

「なるほど。

 今は、逆に隣同士でも、無関心、無関係と言うか、

 関係がすごく疎遠な家が多いですからねぇ。」

「秋深き、隣は何をする人ぞ、ってね。」

「あ、それって、芭蕉でしたっけ?」

「そうそう。

 松尾芭蕉、最晩年の句ね。

 とにかく、昔は、向こう三軒両隣の結束が強くて、

 もちろん、それによるマイナス面もあったんだろうけど、

 お互いに、監視じゃなくて、いい意味で見守ると言うか、

 助け合いながら、見守り合う社会であったような気もするんだよね。」

「それが、今では、そのプラス面が失われて、

 結局、マイナス面だけが残ったと言うか…、

 却って強くなっちゃったということなんですかね。」

「うん。

 そうかもしれないね。

 だから、個を大事にするとか、

 個性尊重の時代なんて、口では言ってるけど、

 それは建前であって、実際には、金太郎飴みたいな人間が、

 長らく尊重されると言うか、歓迎されて来たのかもね。」

「誰もが似たり寄ったりで、画一的な人間が求められてるってことですか…。

 今でもそうだとすると、日本て、全然グローバルじゃないと言うか、

 なんか、どんどん取り残されていく感じですよね。」

「そうかもね。

 と言うか、実際にもう発展が滞っちゃてるんじゃないのかね。」

「このままじゃ、マズいってことですよね。

 外国に太刀打ちできませんよねぇ。」

「うん。

 それでまあ、さっきの塾での話に戻るとね。」

「あ、ええ。」

「結局、

 当時の私は、いわゆるそのう…、

 長い物に巻かれてしまったわけで、

 体罰もせざるを得なかったということなんだよ。」

「そうなんですか。」

「ただ、さっきも言ったように、

 非常に抵抗があったからね。」

「ええ。」

「だから、そうだな、

 敢えて言えば、換骨奪胎と言うか…。」

「え?

 換骨奪胎ですか?

 どういうことですか?それって。」

「うん。

 つまり、体罰してるようだけど、

 実際には、していないと言うか…。」

「え?

 なんか、ますますわかんないんですけど…。」

「うん。

 あのう…、

 黒板消しがあるでしょ?」

「え?

 あの、スポンジみたいなのを、緑色っぽい布で包んだあれですか?」

「そう、あの黒板消し。

 あれを分解するとね、中にかまぼこ板みたいなのが入ってるんだけど、

 その板だけ取り外して、ビスも元のように止めてない物を作ってね。」

「ええ。」

「それで、頭を叩くと、

 これが、とってもいい音がするんだよ、パッカーンって。

 だけど、音の大きさに反比例して、これが全然痛くないんだよ(笑)。」

「え?

 ほんとですか?」

「うん。

 ほんとほんと。

 私はそれを、パコリと呼んで、ここぞという時に、使ってたわけ。」

「子どもたちはどんな反応だったんですか?」

「うん。

 何しろ、いい音が教室中に響き渡るからね。

 周りの生徒は、ピンと背筋が伸びるほど、ビックリするわけ。」

「ビビっちゃうわけですね。」

「うん。

 もちろん、やられた本人も、やられた瞬間はビックリするんだけど、

 ところが、これが全然痛くないので、え?あれ?って顔してね。」

「へぇー。

 じゃあ、一罰百戒じゃないけど、

 教室がビシッと締まるわけですね。」

「そう。

 まさしく一罰百戒で、効果抜群だったわけ。」

「でも、先生。

 言い難いですけど…、

 そのパコリも立派な体罰じゃないですか。」

「うん。

 実は、そのとおりで…、

 当時の私は、そうやって工夫することで、

 生徒の頭は叩いても、それは見掛け倒しで、

 実際には全然痛くはないので、

 まあ、苦肉の策かもしれないけど、

 いい方法かなぁ、なんて思ってたんだよね。

 でも、一罰百戒って、要は脅しによる支配だから、

 精神的な体罰だったんだろうね、今思うと。

 もちろん、肉体的にもマズいけどね。」

「うーん。

 おっしゃるとおり、恐怖を利用したと言うか…、

 あ、すいません。ちょっと言い過ぎですね。」

「あ、いや。

 平井さんの言うとおりだと思うよ、今ではね。

 当時は、それがわからなかったんだね、浅慮と言うか、浅はかと言うか。」

「でも、とにかく工夫した、と言うか…。

 金太郎飴にはなりたくなかったわけですね、きっと。

 そういうところは、先生らしいですね。」

「うん。

 でも…、

 やっぱり体罰ってのは、マイナスのメッセージをたくさん送っちゃうよね。」

 

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