創作読物75「いわゆる鞭打ちってやつですか?」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「ちょうど、ちょっと緩やかに左にカーブしてる場所で、

 前の車が左にウィンカーを出して、曲がりかけてた時で、

 もうその時は、制限速度50キロの道路で、

 ほとんど止まるかと思うぐらいのノロノロ運転で。

 迷惑な車だよね(笑)。」

「イライラしますよね、そういう時。」

「うん。

 でも、しょうがなくて、私もブレーキ踏んで、

 ほとんど止まってたんじゃないかな。

 その直後にね、

 キィッー、キィッーって、ブレーキ鳴りの音が後ろからしたから、

 ルームミラーで後ろ見たら、

 なんと、軽トラが突っ込んで来るのが、スローモーションのように、

 眼に飛び込んで来て…。」

「えっー!

 追突される瞬間を見てたんですか?」

「うん、そうだね。

 でも、次の瞬間は、何がどうなったのか、わからなくて…、

 気がつくと、自分の車の天井見て、寝転んでて…。」

「どういう状況ですか?それは。」

「うん。

 あまりの衝撃で、運転席が壊れちゃったんだよ。

 たぶん、軽トラは時速60キロ以上で走ってきて、

 きっと、前方不注意だったんだろうね。

 だから、私の車に気づいた時には、時すでに遅しで、

 かなりのスピードで、そのまま突っ込んで来て。」

「それは、危機一髪ですね。」

「その衝撃で、運転席の椅子の蝶番って言うのかな…、

 それが壊れて、椅子が一旦前に倒れて、

 そのまま今度は、後ろにひっくり返ったらしくて…。」

「で、怪我はなかったんですか?」

「その頃はまだ、シートベルトが義務化されてなかったんだけど、

 まじめに着けてたんだよね。

 だからおそらく、ハンドルの直前で、顔と上半身が止まったんじゃないかな。」

「いやぁ、

 良かったですねぇ。」

「うん。

 着けてなかったら、この美しい顔が、

 グチャグチャになってただろうからね(笑)。」

「あ、ああ。

 そうですね(笑)。

 大怪我してましたよね、きっと。」

「うん。

 だって、追突した軽トラは、エンジンやられて

 動かなくなったくらいだからね。」

「先生の車は?」

「ああ、前と後ろのバンパーは激しくやられたけど、

 走行に支障はなかったよ。」

「それで、

 そのあとは?」

「うん。

 誰かが、警察呼んでくれて、現場検証して。

 その時に、病院行ったほうがいいと、勧められたんだけど…、

 自分では、奇跡的にほとんど無傷だったんで、行かなかったんだけど…。」

「だけど?」

「うん。

 その日は、特にどうということもなく…、

 もちろん、かなりショックは受けたので、妙に疲れたことは疲れたんだけど…。

 でも、翌朝起きたらね、首が痛くて、起き上がれなくなっちゃって…。」

「いわゆる鞭打ちってやつですか?」

「うん、そうそう。

 そしたら、首だけでなく、時間とともに肩回りもバキバキになってきて(笑)。」

「いやあ、

 ヤバいですねぇ、それは。」

「うん。

 さっき言ったように、修学旅行に行く一週間ぐらい前だったからね。」

「え?

 そっちですか?

 だって、そんなにひどかったら、行けないでしょ、修学旅行の引率なんて。」

「まあ、かなりダメージあったからね。

 でも、自分としても初めての修学旅行だったし、

 やっぱり行ければ、行きたいよね。」

「まあ、そうでしょうけど…。」

「でね。

 私は、首に例のコルセットって言うの?

 ごっついの付けて出勤して…。

 で、出発の3日前ぐらいだったかな、

 学年会で、私が引率するべきかどうか、他の先生たちが話し合ってくれて…。」

「ええ。」

「で、ある人は無理だと言い、

 別の人は、いや、本人も行きたいだろうし、

 生徒たちも動揺するだろうから、行きべきだとか…。

 まあ、とにかく、喧々諤々というか、

 喧々囂々で(笑)、みんなが言いたいこと言って…、

 私は、ただでさえ、まだ頭痛がするのに、

 その頭上で、大声でやりとりしてるもんだから、

 もう、余計に頭がガンガンし始めて(笑)、

 まあ、もちろん、自分のことで、みんなが興奮して議論してくれたのは

 ありがたかったんけど…。」

「で、結局、どうなったんですか?」

「うん。

 最終的には、やはり本人の意思を尊重しようということになって…。

 なので、いろいろと迷惑かけることになるだろうけど、

 一緒に行きたいです、と言ったわけ。」

「なるほど。」

「担任してた生徒たちも、

 どうなるか、心配しててね、

 放課後、会議が終わるのを待っててくれて…。

 その中の一人が、先生が行かなかったら、

 このクラス、まとまんないよ、って言ってくれたのが、

 その時は、妙に嬉しかったね。」

「まあ、先生は大変だったでしょうけど、

 良かったですよね、行くことになって。」

「そうだね、

 ずっと、準備してきたんだしね。」

「修学旅行は、

 やはり一大イベントですからねぇ。」

「そうだね。

 ただ、その旅先で、

 これがまた、いろんなことが起こってね(笑)。」

「え?

 そうなんですか?」

「うん、まあね。

 生徒指導案件のオンパレードってやつね(笑)。」

「あちゃー。」

「ずいぶん古い言葉知ってるね(笑)。

 それはもう死語だよ。」

「当時に合わせたつもりで(笑)。」

「あ、そうそう。

 あちゃーって言えば、

 その軽トラの運転手ね。

 まだ若くて、就職して1年目で、

 車の免許もついこの前取ったって感じで…。

 でね、私は示談で済ませたんだけど、

 その事故の一ヶ月後ぐらいに、また事故ったらしいんだ。

 そんなことなら、訴えてこってり絞ってもらったほうが良かったのかもね。

 向いてないんだろうから、運転が。」

「そうだったんですか。」

 

この続きは、こちら。