創作読物77「そんなもんなんでしょうかね、この頃の子は」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「修学旅行先での生徒指導ってのはね、

 一応、暫定的な措置ってことで、

 旅行後に、学校に戻ってから、職員会議で報告して、

 措置の事後承認を受けるんだよ。」

「なるほど。

 全権委任じゃないんですね、旅行団に。」

「まあ、

 ほとんど形式的な感じなんだけどね。

 よほどのことを生徒がしでかさない限り。

 で、Nの件も一応、落着したんだけど、

 保護者対応として、親に学校に来てもらって、

 旅行先でのことの説明と、家庭での指導もよろしくと伝えて…。

 それから、もう記憶が定かじゃないんだけど、

 Nの場合は、帰って来てからも、家庭謹慎があったのかなぁ?

 確か、日を改めて家庭訪問をしたんだよね。」

「旅行先での指導じゃ足りなかったってことですか?」

「あ、いや…。

 確か、担任として、一度家庭訪問しておいたほうがいいと思ったのかな?」

「なるほど。」

「なので、

 確か、ご両親のいらっしゃる日曜日だったような気がする。出向いたのは。」

「わざわざ日曜日に行かれたんですか?」

「うん。

 なんか、父親にも会っておいたほうがいいような気がしてね。」

「どんな感じでしたか?」

「うん。

 行ったら、なんと、父親がご飯を作ってくれててね(笑)。」

「え?

 なんか、珍しいと言うか…、

 レアな感じですね(笑)。」

「確かに。

 なぜだか知らないけど、先生にご馳走したかって言ってたけど(笑)。」

「気に入られたんじゃないですか?」

「気に入るもなにも、

 父親とは、それが初対面だったし、

 行ったら、既に手料理ができてたんだから…、

 え?って感じだったんだよね。」

「ふーん。

 なんなんでしょうねぇ。」

「うん。

 たぶん、父親なりに、

 自分の目で、息子の担任を品定めしたかったってことじゃないのかな。」

「品定めですか?

 なんか、緊張しますね(笑)。」

「そうだね。

 その時は、私の一挙一動というか、

 それこそ箸の上げ下ろしまで凝視されてた記憶があるよ。」

「へー

 でも、よく覚えてますね。」

「だって、実際、箸の使い方と食べ方がきれいだと誉められたんだもん。」

「へー。

 じゃあ、やっぱり、気に入られたんじゃないですか。」

「いやあ、

 額面どおり受け取っていいのかどうか…、

 なんか、変な感じだったよ。」

「ただ、食事しながら、短い時間だったけど、

 この父親と母親はうまくいってないな。

 もちろん、息子と父親の関係もよろしくないな、ってのは感じ取ったね。」

「ほう。

 さすがですね。

 どんなところからわかったんですか?」

「うん。

 奥さんに対しては、いわゆる亭主関白感が漂ってたし、

 息子は、父親の言うことを、ほとんど聞き流して、聞いてなかったしね。」

「なるほど。

 面従腹背ですか?」

「いや、

 面従腹背と言うか、面背腹背って感じかな。」

「そんな言葉もあるんですか?」

「でもまあ、そんな雰囲気の中、

 とにかく、父親は、私の箸の上げ下ろしや、

 食事の作法を何度も誉めるんだけど…、

 そういうのって、かえって嫌じゃない?」

「いやあ、僕はそういうの誉められたことないから、わからないですけど…。」

「だって、

 自分としては、食事作法なんて、

 決していいとは思ってないのに、何度も言われるからね。

 なんか、くすぐったいと言うか…、 

 そのうちだんだん、うさん臭く思ってきて…。

 正直、何だろ、このおっさん、て思ったよ。」

「そうですか。」

「きっと、お母様のしつけが良かったんだろうって…、

 知りもしないことを、知ったかぶって言ってたからね。」

「それって、

 もしかして…、

 自分は自分の子どものしつけをちゃんとして来たぞ、

 っていうアピールだったんじゃないんですかね?」

「うーん。

 その時は、気づかなかったんだけど、

 確かに今思うと、その節があったね。

 平井さんも、なかなか鋭いですなぁ(笑)。」

「あ、いや、

 なんとなくそんな気がしたもんで(笑)。」

「うん。

 だから、食事を済ませてからも、

 肝心なNのことは、父親とは話さなかったというか、

 話せなかったね。

 実際、しばらくしたら、私はちょっと仕事がありますからと、

 書斎に引っ込んじゃったし。」

「一応、

 父親としては、挨拶はした、

 仁義は切ったぞ、ということなんですかね。」

「うーん、

 よくわかんなかったけど…。

 だから、その後、母親と二人きりで、Nのことを話したんだけどね。」

「母親はどんな感じだったんですか?」

「うん。

 子どもは、N一人しかいなくて、

 しかも、思春期を過ぎてからは、

 息子のことが母親は、全然わからなくなったと、

 当惑してる感じだったね。」

「父親と息子の関係については、なにか話が出たんですか?」

「いや、

 母親からは出なかったんで、

 私も敢えて触れなかったんだけどね。

 母親も、敢えて触れないような感じを受けたし…。」

「じゃあ、

 やっぱり、うまく行ってはいなかったんでしょうね。」

「おそらくね。

 で、母親は、今回のこととは全然関係ないんだけど、

 一つ心配なことがありまして…、って言いだして。」

「なんですか?」

「うん。

 実は、先日、息子の部屋を掃除してたら、

 机の上に財布が出てて…、

 ちょっと中見ちゃったら、コンドームが入ってて…、

 もうどうしたものかと心配になって…ってね。」

「へー。

 それで、先生は何て返したんですか?」

「うん。

 咄嗟に、そういうの持ってるってことは、

 かえって安心なんじゃないですか?って。」

「そしたら、母親は?」

「ちょっと、びっくりした感じで…、

 そんなもんなんでしょうかね、この頃の子は、

 って言ってたけどね。

 でも、ちょっと安心したと言うか、

 あまり、気にならなくはなったみたい。」

 

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