創作読物88「感情が伝染するんですか?」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「陽香さんは…、

 たとえば、笑顔で笑ってる人を見た時に、

 つられて自分まで微笑んじゃうことってないかな?」

「え?

 ああ、テレビのお笑い番組なんか見てると、

 よくそういうことってありますね。」

「あるよね。

 逆に、目の前の人が落ち込んでたり、

 機嫌が悪かったりすると、なんだか自分まで悲しく感じたり、

 腹が立ってくるってことはない?」

「ええ。

 それも、ドラマなんか見てると、時々ありますね(笑)。

 そういうの、感情移入って言うんですかね?」

「うん。

 陽香さんは、感情って、伝染すると思う?」

「感情が伝染するんですか?」

「うん。

 感情は風邪のように伝染する、という言葉があるんだけど…。」

「風邪って…、

 感情もインフルエンザみたいに移っちゃうってことですか?」

「まあ、そうだね。」

「なんか、怖いですねぇ。」

「まあ、でもそれは比喩というか…、

 単なる例えだからね(笑)。

 要は、さっき言ったように、

 人の身振りや表情を見て、

 見た人がそれと同じように追体験するというか…。」

「ああ、

 それを伝染って言ってるんですね。」

「そうだね。

 でも、なんでそうなるのか、って言うか…、

 理由はわかるかな?」

「え?

 なんで?

 うーん、ちょっと難しいです。」

「人の笑顔見て、自分もなんとなく笑顔になるって、

 顔真似って言うか…、物まねみたいでしょ?」

「そうですね。」

「だから、人の脳の中には、

 物まね細胞があるんだよね。」

「え?

 ほんとですか?」

「うん。

 ほんとは、ミラー・ニューロンて言う細胞なんだけどね。」

「ミラー・ニューロン?」

「そう。

 ミラーは鏡でしょ?

 で、ニューロンは細胞ね。

 だから、ミラー・ニューロンてのは、

 人の行動とか表情とかを、鏡のように映す細胞ってことだね。」

「へー。

 それも、人の脳の中にあるんですか?」

「うん。

 でも、これが発見されたのは、サルの脳の実験からだから、

 人だけじゃないんだろうけど…。」

「へー。

 でも、面白いですね、脳って、やっぱり。

 実験も、いろいろやられてるんですね。」

「だね。

 で、なんでミラー・ニューロンみたいな細胞があるかと言うと…。」

「ええ。」

「人が群れをつくって共同生活する、

 社会的動物だからだと考えられてるんだね。」

「社会的動物?」

「うん。

 ミラー・ニューロンてのは、

 単に物まねするだけじゃなくて、

 目の前の人が、なんでそんなことやそんな表情をするかっていう、

 その理由や意図まで、推測してるらしいんだよ。」

「すごいですねぇ。」

「共同で暮らす社会で、適応して生きていくためには、

 目の前の人が、要は味方なのか、敵なのかってことも、

 判断しないといけないでしょ?」

「なるほど。」

「だから、物まねって言うよりも、

 人の心を読み取ろうとするのが、ミラー・ニューロンの

 役割なんだろうね。」

「でも、先生。

 ミラー・ニューロンがちゃんと動いてれば、

 誤解とかは、なくなるんですかね?」

「いやあ、

 おそらくは、ミラー・ニューロンが処理するのは、

 一次情報と言うか、まあ、第一印象に過ぎないだろうから、

 逆に、誤解を生むってこともあるんじゃないかな。」

「ですよね。

 でも、それでも、すごい能力ですねぇ。」

「うん。

 まあ、一次情報だから、

 と言うか、一次情報だからこそ、

 それを逆手に取るというと、なんか、こうズルい感じが

 しないでもないけど…、

 どうせなら、人の前では、悲しい顔するより、

 笑顔でいたほうがいいのかもね(笑)。」

「確かに、

 そうすれば、笑顔が伝染するわけだから、

 悲しい顔が広まるよりも、全然いいですよね(笑)。」

「うん。

 自分がつまらないと感じて、それを表情に出せば、

 周りの人もつまらなく感じるわけだし、

 反対に、自分が楽しければ、周りの人も楽しいと感じるんだから、

 そのほうが、みんな幸せに近づけるよね。」

「ほんと、

 そうなればいいんですけどねぇ…。」

「でも、

 つくり笑いじゃだめだよ。」

「え?

 そうなんですか?」

「だって、つくり笑いには、感情が伴ってないからね。

 それだと、ミラー・ニューロンに怪しいと思われちゃうでしょ(笑)。」

「なるほど。

 じゃあ、いつも心から楽しいと感じる笑顔じゃないといけない、

 ってことですね(笑)。」

「そうそう、

 今の陽香さんの笑顔ね。

 それだよ、それ(笑)。」

 

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