創作読物103「結局、自分の気持ちが自分でわからなくなる」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「そっかぁ…。

 この、思い切って自分の気持ちを伝えればよかった、って、

 それこそ、口から先に生まれてきたような人にとっては、

 どうってことないんだろうけど(笑)…、

 でも、大概の人にとっては、難しいことなのかもね。」

「ええ、

 そうだと思います。

 第一、その自分の気持ちってのが、難しいと言うか…。」

「そうだね。

 自分の気持ちを語る云々の前に、

 まずは自分の気持ちって、本当のところ、何なんだろうって、

 それがわからない、わかっていない、ってことはあるかもね。」

「先生は、どうですか?」

「うん?

 私は自分の気持ちがわかってるかってこと?」

「ええ。」

「残念ながら、やはり難しいよね。」

「そうですか…。

 でも、どうしてなんですかね、

 自分で自分の気持ちがわからないって。」

「うーん。

 たぶん、その原因は…、

 自分の外側と内側にあるんじゃないかな。」

「外側と内側?」

「うん。

 外側ってのは、

 つまり、自分以外の人の言動と言うか…、

 たとえば、陽香さんも、人から、

 何を考えてるかわからない、とかわかりにくいとか、

 言われたことはない?」

「ええ、

 ありますね。」

「あるいは、

 行動に一貫性がない、とかね。」

「それは、言われたことはないですけど…、

 時々、自分でそう感じることはあるかな。」

「そっか。

 じゃあ、それは内側からだね(笑)。」

「人って、意識しなくても、

 あるいは、意識したくなくても、

 自分が人にどう思われてるかって、気にしてるんだよね。

 だから、人に何を考えてるかわからない、なんて言われると、

 ああ、そうなんだ、自分は人から見て、わかりにくい人間なんだ、

 って、考えだしちゃって。

 で、自分で自分のことがわからなくなり始めるんじゃないのかな。」

「自意識過剰ってことですか?」

「私ぐらいの年齢になると、

 もう、人にどう思われても、どうでもいいや、

 って、開き直れるというか…(笑)。

 でも、若いうちは、そうはいかないよね。

 やはり、人の眼に自分がどう映ってるかって、気になるでしょ?」

「ええ。

 そうですねぇ。」

「あと、

 内側の問題としては、

 思ってることと、やってることが一致しないとか…。」

「あ、

 それもよくありますね。

 気持ちとは別のことを言ったり、やったり…。」

「そうすると、

 その気持ちが本当の自分なのか、

 それとも、言動のほうが本当の自分なのか、

 わからなくなって…。」

「混乱しちゃって…。

 結局、自分の気持ちが、自分でわからなくなる、と。」

「うん。

 でも、内側の問題で、一番大きいのは、

 本当は、自分自身と向き合いたくない、

 って思いがあるんじゃないかな。」

「ああ、

 そうかもしれないですね。

 自分と向き合うって、怖いと言うか、

 勇気が要りますよね。」

「大概、人には自分に対するコンプレックスがあるから、

 できれば、それを直視したくない、と誰もが思ってるんじゃないかな、

 大なり小なりね。」

「なるほど。

 そうして、内側と外側から、

 ますます、自分で自分の気持ちがわかりにくくなると…。」

「うん。

 そうやって考えると、

 死ぬ間際に、思い切って自分の気持ちを伝えればよかった、

 って、後悔するって言うんだけど、

 その場合の、自分の気持ちってのも、

 本当の気持ちなのかどうなのか、

 ちょっと怪しくなっちゃうんだけど…。

 ただ、大事なのは、思い切って、のほうなんじゃないかな。」

「つまり、

 何か言いたい、伝えたいと思った時に、

 思いきれないことが、後悔に繋がるってことですか?」

「うん。

 そこで、我慢したり、

 それこそ、人の顔色伺って、

 結局、思い切って口にできない、ということかな。」

「そういうことが重なる生き方をしてると、

 結局、後悔したまま死んでいく、ということなんですかね。」

「だと思う。

 でも、今話しながら、もう1つあるかなと思ったのは…。」

「何ですか?」

「よく、自分の言動に責任を持て、って言うでしょ。」

「ええ。」

「つまり、何かをしたり、言ったりすると、

 そのことに対する責任が出てくるんだけど…。」

「そういう責任を負いたくないから、

 自分の気持ちを言わずに、抑えちゃうってことですか?」

「うん。

 そういう面もあると思わない?」

「ああ、確かに。

 それで、曖昧と言うか、

 うやむやにしちゃう、って、確かにあると思います。」

 

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