創作読物105「学校で学ぶことは、ほんのわずかなことでしょ?」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「そのきっかけ…。

 教えてくれますか?」

「そっかぁ…。

 もう、かれこれ25年ぐらい前になるんだけど…。」

「ええ。」

「それまで、高校の現場で、

 教員生活を送っていたんだけど、

 36歳の時に、県の教育委員会に異動になったんだよね。」

「ご自分で、希望されたんですか?」

「うん、まあね。

 ただ、希望しても、それが叶うってわけじゃないんだけど…、

 ちょうど、その前の年に、社会教育主事という資格を取ってね。」

「社会教育…主事、ですか?」

「そう。

 初めて聞く言葉でしょ?(笑)。」

「ええ、そうですね。」

「教育っていうと、だいたいの人は、

 学校での教育を思い浮かべると思うんだけど、

 つまり、教育イコール学校教育ね。

 でもね、学校以外でもいろんな場面で、

 教育って行われてるんだよ。」

「そうなんですか…?

 すぐには思い浮かばないですけど…。」

「そっかぁ…。

 たとえば…、英会話みたいな、

 あるいは、習い事のいろんな塾とか、

 歴史とか、自分の好きな趣味の学習サークルとか…。

 だから、社会教育と言うより、生涯学習って言った方がいいかな…。」

「生涯学習という言葉は、

 聞いたことがあります。」

「うん。

 つまり、教育とか、学習って、

 小・中・高や大学と言った、

 いわゆる学校の中だけで行われてるものだけじゃなくて、

 言い方によれば、結局、人は一生の間、学び続けてるんだよね。」

「え?

 一生、学ばないといけないんですか?」

「もちろん、

 学ばなきゃいけないっていう、義務じゃないんだけど…。

 学ぶ必要に迫られるって言うか…。

 だって、学校で学ぶことは、ほんのわずかなことでしょ?」

「まあ、

 そう言われてみれば…。」

「だって、

 人の寿命を80歳だとすると、

 学校で学ぶ期間て、その四分の一に過ぎないでしょ?」

「ああ、確かに。」

「なので、学校で学ぶことは、

 社会で生きていくための最低限の知識や技能なんで、

 それだけじゃ、とても足らないんだよ。」

「確かに、学校で教わることってのは、

 狭い、と言うか…、

 偏ってるというか…。」

「だから、

 その学校を卒業したり…、離れると、

 人って、もっと何かを学んだり、

 身に付けたりしないと、ダメだって思い知るというか…。」

「そうなんですね。」

「なので、

 そういう人が学びたいと思った時に、

 いつでも、どこでも、何でも、誰とでも学べる環境とか、

 機会や場が整っているっていうのは、とっても大事なんだよね。」

「はあ…。」

「で、そういう環境を整備したり、

 学習意欲のある人たちを支援したり、サポートするのが、

 社会教育主事の仕事、って言えば、わかるかな?」

「なるほど。

 いろんなお仕事があるんですねぇ…。」

「だから、

 学校教育が、児童や生徒、学生相手の教育だとすると、

 社会教育の相手は、子どもから大人まで、

 対象も内容も、幅が広いんだよね。」

「ですよね…。

 でも、なんで先生は、そんな大変なお仕事をしたいと

 思ったんですか?」

「え?

 ああ、

 それを話し出すと、長くなるし、

 ワーカホリックの話題とは、反れちゃうから、

 その話はまた今度かな(笑)。」

「えー。

 とっても聞きたいけれど…。

 わかりました。きっと話してくださいね(笑)。」

「わかったよ(笑)。」

「でも、学校の先生が、

 そういう新しいお仕事に変わるって、

 大変だったんじゃないんですか?」

「だねぇ。

 だけど、私の場合は、

 自分で望んでそういう仕事に就いたわけだし、

 弱音は吐けなかったんだよね。」

「先生は、

 そういうところありますからねぇ。」

「え?

 なんか、わかったようなこと言って(笑)。」

「そりゃあ、わかりますよ。

 こうしていろんな話をしてるうちに(笑)。」

「そっかぁ(笑)。

 でもね、その時は、それまでの経験があまり役に立たない、

 全く目新しい仕事を前にして、面食らっちゃってね。

 何をどうしてよいのか途方に暮れて、

 冷や汗、あぶら汗を流す、という状態がしばらく続いてね。」

「へぇー。

 なんか、そういう先生、

 見てみたかったですねぇ(笑)。」

「こらこら(笑)。

 もちろん周りの先輩に声をかけて、

 素直に仕事のやり方を教えてもらえば済むことなんだけど、

 周りの人たちは生粋の行政職の人たちばかりで、

 黙々と、かつテキパキと仕事をこなしてるんだよね。

 そんな様子を見ると、

 働く現場は違っても、

 教師として十数年働いてきた者のプライドも邪魔をして、

 なかなか正直に、これを教えてくださいとはいえない自分がいたね。」

「プライドですかぁ…。」

 

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