創作読物106「仕事は真剣に。しかし深刻になってはならない」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「うん。

 まあ、今にして思えば、

 ちっぽけなプライド…、という意地みたいなものだったんだろうけど…。」

「先生も、若かったってことですか?(笑)。」

「なんか、

 今日は陽香さんにやり込められるなぁ(笑)。

 でもね、そんな小さなプライドなんか、

 かなぐり捨てないといけないことが起こってね。」

「え?

 何があったんですか?」

「うん。

 県の生涯学習行政の推進のためにね、

 県内の全市町村に対して、かなりの負担をかける調査を

 実施することとなってね、

 私がその仕事の主担当となったんだよ。」

「ええー。

 なんか大変そう…。」

「うん、大変だったね。

 各市町村の行政を支えてきた人たち相手に、

 教師あがりの新参者の自分が、説明したり、説得したり…。

 無理があるよね(笑)。」

「はあ。」

「案の定、

 文句と言うか、いろいろと反論、反撃されてね(笑)。

 私のストレスは心身ともにピークを達しちゃったわけ。」

「それで、どうなったんですか?」

「うん。

 当時の私の上司の課長は、

 まあ、人情家でもあったけど、

 機微に聡いというか、感覚が鋭くてね。

 仕事に対しては、とても厳しい人だったので、

 部下たちは皆、一目置くというか、

 恐れられてもいたんだけど、

 なぜか、私はその課長に買われてる面もあってね。

 今思えば、鍛えて一人前の行政マンとして育てようとの親心だったのかな。」

「期待されていたんですね。」

「まあ、そうだね。

 だから、もちろん仕事はスケジュールどおりこなす、

 という至上命令が下りていたんだけど、

 私としては、それこそ意地でもやり遂げねば、

 という思いも強くてね。

 なので、ちっぽけなプライドは捨てて、

 思い切って先輩の知恵も助けも借りて、

 依頼のために市町村を訪ねて頭を下げ、

 やっとのことで理解・協力を取り付け、

 何とか事なきを得るには得たんだけどね。

「よかったですね。」

「うん。

 でも、市町村周りをして、

 相手の方に、いろいろと言われてね(笑)。」

「嫌味とかですか?」

「嫌味と言うより…、

 市長村の担当者も、プライド持って仕事してる人が多いし、

 もちろん、うんとクセのある人も居るけど(笑)。

 だから、単なる文句でなくて、

 理に叶ってることも多かったんだよね。

 だから、余計苦しくてね。

 こちらも、言葉に窮する場面もあったりして…。

 でも、一旦やると決めてからは、

 とても協力的な人が多かったのも事実で…。」

「そうですか。

 なんか、いい話ですね。」

「ただ、

 案の定というか、

 私は胃に穴が空く、という代償を払うはめになっちゃってね(笑)。」

「え?

 大丈夫だったんですか?」

「うん。

 ただ、ある日、家で寝ていたら、

 夜中に急に胃が痛くなりだしてね。

 それも、それまで経験したことのないような、

 なんかこう、胃をとてつもない力で掴まれるみたいな…。」

「で、どうされたんですか?」

「うん。

 救急病院に行って、

 とりあえず、夜中だったので、

 応急処置として、痛み止めの注射を一本打って、

 その日は一旦、帰宅して、昼間また受診することになったんだけど。」

「痛みは治まったんですか?」

「結局、注射はほとんど効かなくて…、

 一睡もできなかったよ。」

「それで、また病院に行ったんですか?」

「朝一でね。

 そこで、胃カメラを入れたら、

 いわゆる胃潰瘍があるということで…。」

「え?

 手術とかですか?」

「いや、

 今は、胃潰瘍では、重症でない限り、

 服薬で治るんでね。」

「じゃあ、良かったですね。」

「うん。

 ただ、自分としては、

 相当ショックを受けてね。

 仕事って、いろんな意味で怖いなあ、と。」

「そうですか…。」

「その時にね、

 いろいろ考えちゃったんだけど…。

 でも、そのうちに、

 仕事は真剣に。しかし深刻になってはならない、

 という言葉が、頭の中に湧き上がってきたんだよ。」

「仕事は真剣に。

 しかし深刻になってはならない。

 なんか、深い言葉ですね。」

「でしょ?」

 

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