創作読物 35「行くとこまで行かないと」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「ああ、そうでしたね。

 これから使わせてもらいますって、言ったばかりでしたね(笑)。

 ただ、でも、もう遅くなっちゃいますよね、今日は。

 突然お邪魔して、初対面なのにお付き合いいただいて…。」

「ああ、でも、まだ話したいことがあるんでしょ?」

「ええ、それはまあ…。」

「陽香さんのことと、

 あと…、他にもまだあるみたいだけど…ね。」

「…実は、そうなんですが…。」

「じゃあ、話題にするのに、一番ハードルが低いというか…、

 平井さんが話しやすいことを、あと一つだけ話しますか?

 で、あとはまたの機会に、ということではどうです?」

「そうですか?

 それは、私としてはありがたいです。」

「ええ、いいですよ。」

「あ、はい、ありがとうございます。

 では、陽香さんのことを少し。やはり担任ですから。」

「わかりました。

 で、どんなことかな?」

「ええ。

 実は、陽香さんのことというか…、

 陽香さんにも関わることというか…、

 と言うより、不登校生全般に関わることかもしれないんですが…。」

「なんか、ちょっと話し辛そうですね(笑)。

 単刀直入でいいんじゃないですか?

 平井さんとはカウンセリングしているわけではないけど、

 まあ、カウンセリングみたいなものなんで、

 大丈夫ですよ、何を言っても。

 守秘義務、守りますから(笑)。」

「あ、ありがとうございます。

 そうなんです。

 お察しのように、ちょっと話し辛いというか…、

 仮にも教員が、こんなふうに考えていいものなのかと…。」

「ええ。」

「実はですね、

 先日、学年主任の久保田と一緒に飯塚さんのお宅へ

 家庭訪問したんですけど…。」

「ああ、そうらしいですね。

 お母さんからちょっと聞きました。」

「そうですか…。

 飯塚さんのお母さん、何か言ってましたか?」

「あ、ええ。

 なんか、久保田先生から、保健室登校を強く勧められたと。」

「そうですか…。他には何か?」

「うん、まあ、とにかく、その久保田先生っていう人が、

 口調が強いというか、ちょっと強引というか…。

 あ、でも平井さん、これも守秘義務があるんでね(笑)。」

「あ、そうでしたね。すいません。

 まあ、その時は私は付き添いというか、側で聞いていただけなんですが…。

 とにかく、陽香さんが少しでも学校に来るようにと…、熱心に。

 ただ、これは久保田さんの考えというだけでなく、

 学校の方針というか…。

 いや、方針ではないですね。

 というのは、今は不登校もなるべく登校させるってのは、

 もう、古いというか、むしろ逆効果というか、

 流行り廃りではないでしょうけど、

 あまり言わないですよね、今は。」

「そうですね。」

「ただね、それって、うちの学校だけじゃないと思うんですけど、

 登校するように強く働き掛けないってのは、建前で、

 やはり本音では、学校に来るのが一番いいことなんだって、

 思ってる学校とか、教員て、すごく多いんじゃないかと…。」

「そうでしょうね。

 何か、自分たちの力量不足というか、

 指導力不足みたいに感じてしまう傾向はあるでしょうね。」

「ええ。

 でもね、その点、久保田さんは正直というか、

 一生懸命、登校をさせるように話すんですよね、お母さんに。」

「そうですか。」

「でもね、

 私、思うんですけど…、

 いったん不登校になった生徒って…、

 この表現は妥当じゃないと思うんですが、

 敢えて言えば、落ちるところまで…、

 あ、いや、行くとこまで行かないと、戻れないんじゃないかと…。」

「なるほど…。

 久保田さんは、今ここに居ないからわからないけど、

 少なくとも平井さんは…、

 平井さん自身も、悩んでるってことかな?」

「え?」

「あ、いや、今、ついうっかり、落ちるところまでって言い掛けたから…、

 本音では、平井さんもやはり、不登校に対して、

 マイナスイメージというか、あまり良くないことっていう

 考えがあるんだけど、でも、一方で、事例研究的には…、

 つまり、耳学問的には、登校指導はもう古いんじゃないかと…。」

「ああ、さすがに、お見通しというか…、

 やはり鋭いですねぇ。

 実は、そんな迷いというか、どっちつかずの思いがあって…、

 なので、陽香さんやお母さんにも、あまり強く言えないというか…。」

「そうだったんですね。」

「ええ。

 ただ、久保田さんは、こう言っちゃ、先輩に失礼だけど、

 なんか、単純というか(笑)、あまり迷ってるふうもなく…。

 なので、ちょっと羨ましいというか…。

 もちろん、私はそう簡単には割り切れない質なので、

 ああはなりたくない(笑)、とは思いますけどね。」

「なるほどね。」

「で、藤井先生、

 先生はどう思われます?

 不登校対策というか、不登校になってしまった生徒への対応は…。」

「私ですか?

 そうですねぇ。

 まあ、さっき平井さんは、落ちるとこまで落ちないと…、

 あ、いや失礼、行くとこまで行かないと、って言ったけど…、

 ただこれね、

 別に追跡調査というか、データがあるわけじゃないんで、

 あくまでも直感というか、直観というか、なんだけど…、

 あのね、V字回復って言葉があるでしょ?」

「あ、ええ。

 あの、会社の経営とかで、

 一旦、ドン底まで悪くなったのが、急に右肩上がりで回復するって…、

 あれですか?」

「あ、そう。それそれ。

 不登校もね、そういうところってあると思うんだよね、個人的には。

 ただ、その底というのが、本人にとって、ほんとにドン底なのか、

 そうでなくて、単なる辿り着いたところなのかはわからないけど…、

 だって、V字って、縦に書けば、確かにボトムができてドン底にもなるけど、

 横に寝かせちゃえば、ボトムでもドン底でも何でもなくて、

 ただの寄り道と言うか…、気分転換の散歩みたいなものでしょう?」

「え?

 それって面白い表現ていうか、発想ですね(笑)。

 なんか、納得です。」

「そう?

 でもね、敢えて底という言葉を使うならね、

 底まで辿り着かないと、なかなかV字回復は難しいじゃないのかなと、ね。」

「なるほど。

 やはりそうですか。」

「あ、いやいや、だからこれは正解とか、そういうのじゃなくて、

 あくまでも感覚的に、そう思う、という程度のことなんだよ。」

「あ、いや、でも、僕も何となくそんな気がしていたので…。

 だから、久保田さんが熱心に保健室登校を勧めているのを見ても、

 なんか、冷めてるというか、気が乗らないというか…。

 違うんじゃないのかなぁと。」

「うん。

 でも、久保田さんはともかく、

 問題は平井さんが、担任として、どう関わっていくか、ってことでしょ?」

「ドキッ!

 そうなんですよ。

 それが今、最大の悩みなんですよ。

 どうしたらいいですかねぇ?」

「甘ったれてないで、自分で考えなはれ!って言ったらどうする?」

「えぇー!

 何か、少しヒントだけでも…、

 甘い、というか、図々しいですか?」

 

(つづく)

 

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