創作読物92「人は人の命令では動かない」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「ええ。」

「ただね、

 出足のエンジンがなかなか掛からないのには、

 もう一つのケースがあるんだよ。」

「え?

 何ですか?」

「これはまた、別の人が言ってるんだけど、

 状況の法則って言うんだよ。」

「どういう法則なんですか?」

「えっと…、

 確か、人は人の命令では動かない。

 人は状況の理解と納得で動く、って言うんだったっけかな。」

「状況の理解と納得…、ですか?」

「うん。

 陽香さんもさぁ、

 人に何か、ああせい、こうせいって言われた時に、

 どうしても、本気で取り組めないことって、ない?」

「うーん。

 だいたい、人からそんなふうに言われた時は、

 うるさいなぁ、って感じですからね(笑)。」

「もちろん、

 押しつけがましく言われたら、

 そう思うんだろうけど、押しつけがましくなくても、

 なんとなく本気になれないこともあるでしょ?」

「うん。

 そういう時もありますね。」

「それは、なぜだと思う?」

「なぜ?

 うーん…、

 さっき、おっしゃったように、納得できてないからじゃないですかね?」

「うん。

 きっと、そうだね。

 仮に、たとえ押しつけがましく、人に何か言われたとしても、

 言われた側が、そのことの必要性とか、重要性を、

 理解できたり、納得できれば、やる気も出るんだよね。」

「そうですよね。

 やれと言われて、やりたくない時は、

 たいがい、そんなこと納得できない!って言いますもんね。」

「うん。

 じゃあ、陽香さんは、

 そういう時、どうであれば納得できると思う?」

「うーん。

 やっぱり、ちゃんと納得できるまで、きちんと説明してほしいですよね。」

「だよね。

 ちょっとカッコつけて言うと、

 情報の共有ってことだよね。」

「なるほど。」

「でも、この情報の共有ってのが、

 言うは易く、行うは難し、と言うか…。

 ほんと、難しいんだよね。」

「ええ。

 それって、なんでなんですかねぇ?」

「うーん。

 なかなか難しい問題だねぇ。

 ただ…。」

「ただ?」

「うん。

 ただ、情報って、質と量があると思うんだけど、

 人によって、質を求める人と、量を求める人がいると思うんだよね。」

「え?

 ほとんどの人は、質を求めるんじゃないんですか?」

「うん。

 それは始めはそうなんだけど…、

 そのうちに、自分でも気づかないうちに、

 質よりも量と言うか…、

 つまり、人よりも情報量が多いほうが、安心すると言うか…、

 そういう人って、案外多いんだと思うよ。」

「そう言われれば、

 そうかもしれませんね。」

「人よりも、情報量が多い時は安心し、

 そうでない時は、不安になるということを繰り返しているうちに、

 肝心な情報の質は、どうでもよいというと、言い過ぎだけど、

 あまり気にならなくなる、ということかな。」

「それも、わかる気がします。」

「でも、それだと、

 デマとか、ガセネタをつかまされて、

 結局、不利益を被ると言うか…、

 ろくなことにはならないかもね。」

「情報に踊らされちゃうってことですか?」

「そうだね。

 だから、真贋を見分ける眼を持たないといけないんだよね。」

「真贋?」

「本物と偽物っていうことね。」

「でも、これだけいろんな情報に囲まれてると、

 それもなかなか難しいですよねぇ。」

「うん。

 だから、なおさら情報の共有が必要と言うか、

 自分一人だけでは、何が正しくて、何が間違ってるかなんて、

 なかなか見極められないでしょ?」

「そうですね。

 ということは…、

 情報の質を高めるために、

 情報の量を増やすってことなんですかねぇ。」

「はい、正解だね(笑)。

 陽香さんは、玉石混交って言葉は知ってる?」

「あ、

 中学の時に、やったような…、

 でも、もう書けないかな(笑)。」

「そっか(笑)。

 玉は、宝石で、石は砂利。

 つまり、良いものとそうでないものが、入り混じってる、ってことね。」

「それを見分けるのが、真贋を見分ける眼?」

「はい、それも正解(笑)。」

「でも、それはどうやったら、身につくんですかねぇ?」

「うーん。

 難しいけど…、

 でも、とりあえず、人に何か情報として伝える時には、

 結果とか、結論だけ、ぶっきらぼうに伝えるんではなくて、

 その結果に到った原因とか、プロセスまで含めて、

 なるべく丁寧に説明する。

 そういう癖をつけていれば、

 自ずと自分にも、真贋を見分ける眼が備わって来るようにも思うね。」

「なるほど。

 でも、それだったら、私にもできそうです。」

 

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