創作読物109「そんなに物事、簡単に行かない」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「それから先生?」

「うん?」

「タイミングっていうことで言うと、

 先生がさっきおっしゃった…、

 このメンバーは、偶々ではなく、出会うべくして、出会った、

 この出会いは必然だったんだ、って思うことができれば、

 すごい仕事ができるような気がする、というのが、

 なんか、すごく引っかかった、というか、気になったんですけど…。」

「ああ、

 偶然か、必然か、って話ね。」

「ええ。」

「陽香さんは、あまり学校行ってないから…、

 あ、ごめん。」

「いえ、いいんです。

 事実ですから(笑)。」

「そっかぁ(笑)。

 いつだったか、

 陽香さんの担任の平井先生とも話したんだけど…。」

「え?

 平井先生と先生と、

 私のこと、話してるんですか?」

「あ、いや、

 陽香さんのことと言うより、

 もっと、いろんな意見交換だね。

 平井先生は、なかなかいい先生だと思うよ。」

「そうなんですか?」

「うん。

 とにかく、あの若さで、いろんなことを考えてるし、

 真面目一方じゃない、というところがいいよ。」

「先生らしい視点ですね(笑)。」

「そうかもね(笑)。

 で、平井先生とは、キャリア教育について意見交換したんだけど…。」

「キャリア教育…ですか?」

「うん。

 で、陽香さんは、あまり学校行ってないから…、

 という話題に戻るんだけど、

 今、特に高校では、キャリア教育という名のもとに、

 生徒に、君は将来何になりたいんだ?

 どんな夢を持ってるんだ?って、迫るんだよね。」

「はぁ…。

 それって、ちょっと無理がある気がしますけど…。」

「平井先生とも、そんな話になったんだけど、

 高校生って、まだまだ視野が狭いし、

 バイトぐらいはしたとしても、社会経験も少ないからねぇ。」

「そうですね。

 私も、そんなこと聞かれても、

 すぐには答えられないなぁ…。」

「うん。

 でも、学校としては、

 まず、夢を抱け、と。

 そして、その夢に向かって、

 それを実現するためのプランを考える。

 それが、キャリア教育だと思ってるんだね。」

「まあ、

 それができる人はいいんでしょうけど…。」

「そう。

 問題は、それができない人なんだけど、

 それができない人は、どうすると思う?」

「結局、

 いい加減というと、言い過ぎかもしれないですけど、

 適当な夢を語るんじゃないですかね。」

「だよね。

 少ない経験と情報量の中で、

 夢を持て、と急き立てられれば、

 とりあえず、これでいっかぁ、ということになるよね。」

「でも、それって、

 本当の夢ではないんだから、危険と言うか、

 なんか、へんな感じですよね。」

「うん。

 仮に、その夢に向かって進んで行って、

 ゲットできたとしても、結局、ミスマッチということになりかねない。」

「そうなりますよね。」

「平井先生には、

 まして、そうしたキャリア教育を、

 職業としてのキャリアが乏しい教員がやってるんだから、

 余計にまずい、って話もしたんだけどね。」

「え?

 どういうことですか?」

「うん。

 教員は、小学校・中学校・高等学校・大学って出て、

 その直後に教職に就いて、先生として学校で働く人が大多数だから、

 結局、学校の中でしか生きて来てないと言われても、しょうがないでしょ?」

「ああ、それで、キャリアが乏しいと…。」

「で、

 ちょっと難しい話になっちゃうけど…、

 今、学校で行われているキャリア教育は、

 キャリア・アンカー理論と言うもので成り立っていて…。」

「何ですか、それ。」

「キャリア・アンカー理論てのは、

 アメリカの心理学者のエドガー・シャインと言う人が唱えたもので、

 簡単に言うと、自分にとって最も大切な価値観とか、

 こうしたい、こうなりたいという欲求、

 つまり、夢というふうに置き換えてもいいんと思うんだけど、

 それを実現するために、いろいろとプランニングするってことだね。」

「ふーん。

 こんなこと言うと、すごく生意気ですけど…、

 大人と言うか、いかにも学者が考えそうなことですよね。」

「う?

 わかる?」

「ええ。

 だって、そんなに物事、簡単に行かないと思うんで…。」

「まあ、そうだよね。

 初めに、目標を決めることはいいとして、

 そこに行き着くためのプランニングは、

 まあ、いろいろと考えるぶんにはいいかもしれないけど、

 陽香さんが言うように、そうそううまくは行かないよね、普通は。」

「むしろ、

 計画倒れというか、

 計画どおりに行かなくなった時に、

 途方に暮れると言うか、困っちゃいますよね。」

「うん。

 だから、大切なのはむしろ、計画どおりに行かなくなった時に、

 いかにその事態を打開していくのか、

 その力を備えることが、キャリア教育なんだろうけどね。」

「そんな力が付けられれば、いいですよね。

 でも、それって、もっと難しい気がしますけど…。」

 

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