あの日、あの時、あの場から~人生は出逢いで決まる⑯~

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尊大な羞恥心

友だちの家で暫く横になり、痛みは一旦治まったかのように見えたのですが、

また、波のように押し寄せ・・・、ということの繰り返し・・・。

 

友だちのご両親は、私を病院に連れて行こう、との相談を始めたようでしたが、

その日は、日曜日のため、どこも閉まっているようで、

仕方がないので、内科ではないけれど、知り合いの医院があるので、

そこに相談しようか・・・、という話声が聞こえてきて・・・。

 

私は、もうこれ以上、迷惑はかけられないと思い・・・、

実は、先日、医者に行き、「ホリゾン」という薬を処方されている。

この薬を飲めば、おそらく治まるだろうけれど、

今日は、生憎持ってきていない、ということを簡単に説明し、

その薬をもらえればありがたい、とお願いをしました。

(実際には、私はもうその頃には、ホリゾンは敢えて飲んでいなかったのです)

 

お母様は、

その話を聞いても、いたく心配そうでしたが、

お父様は、

「それだけわかっているのなら安心だ、

その薬を知り合いの医者に頼んで出してもらおう」

ということで、お母様と私の友だちを、その医院に向かわせてくれました。

 

しばらく経って、彼らが戻ってくると、

ホリゾンはなかったとのこと。

しかし、同様の効き目がある「ダイエムパン」

という薬をもらってきてくれました。

 

早速、私はそれを飲みました。

すると、やはり、魔の薬なのでしょうか、

暫くの後、痛みからはスーッと解放されていったのです。

 

しかし、その晩は既に時間も遅くなってしまっていたので、

ご両親からは、泊っていくように勧められ、

私は素直にそれに従いました。

私の親に、お母様が電話を入れてくれました。

私も受話器越しに声だけで大丈夫と伝え、

自分の親にも、とりあえず安心してもらいました。

 

翌日は月曜日。

私はいつもにも増して、寝覚めの悪い朝を迎えました。

こんなことになって、恥ずかしい、居たたまれない・・・。

いったい自分は何をやっているんだ!

 

もちろん、そんなことも思いましたが、

それ以上に、結局、薬の力で痛みが消えたことが、

私としては、とてもショックで・・・。

どうにもやりきれない気持ちが押し寄せてきました。

 

確かに一時期は、医者に処方された薬を飲んでいました。

でもその期間は、2週間程度だったのでは、と思います。

その後は、医者にも相談して、服用はせずに暮らしていました。

自分自身、こんな薬に頼っていてはダメだと、わかっていましたので。

 

ただ、飲まなければ飲まないで、

当然、眼の痛みをはじめとした諸々の症状は、またぞろ出てきます。

しかし、それでもなお、薬を飲むということには抵抗がありましたので、

敢えて、薬を遠ざけていたのです。

 

ですから、薬がないとやっていけない、

というような、いわゆる“薬中”になど、

なっているはずはなかったのです。

 

しかし、鎌倉を散策中に、思ってもいない腹痛に襲われ、

友だちや友だちの家族に迷惑をかけながら、

結局、薬の力によってしか、やり過ごすことができなかった・・・。

このことは、私をしたたか打ちのめしました・・・。

 

『山月記』になぞらえて表現するなら、

「臆病な自尊心」は、完全に打ち砕かれ、

「尊大な羞恥心」の塊と化してしまったのです。

 

朝食をいただいたのち、ご両親にお礼を言い、

私は友だちと一緒に、鎌倉駅から横須賀線の上りに乗りました。

彼は制服。私は、昨日と同じ格好で。

 

電車に揺られながら、私たちはほとんど話をしませんでした。

彼も、何をどう話しかけたらよいのか、わからなかったのだと思います。

 

やがて、戸塚駅を過ぎて、間もなく保土ヶ谷駅に着こうとする時に、

私は口を開きました。

「俺、今日は休むよ・・・。いや、しばらく・・・休むことにするよ・・・。」

 

それを聞いた彼は、一瞬、寂しそうに表情を曇らせ、

電車を降りるために席を立って行ったのでした・・・。

一人私を残して。

 

                      (つづく)