創作読物 39「父親のことは大嫌い」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「まあ、父親との関係は…、

 ま、有りがちと言うか…、

 そんなに屈折はしてない感じだよね、これまでの話では。」

「ええ、まあ、そうですね。

 と言うことは…、

 母親との関係が絡んでる、ということですかねぇ?」

「まあ、推理してみてよ。」

「ええ。

 父親には、一方的に暴力を振るわれてる…。

 でも、その腹いせと言うか…、

 鬱憤を母親で晴らしているわけではなくて、

 母親に暴力を振るう代わりに、壁を叩き壊している…。

 ということは、父親はともかく、

 母親は好きってことですよね、M君は。」

「うん。うん。それで?」

「あのう、もしかして…、

 父親は、母親には暴力は振るってなかったんですかね?」

「うん。

 友達曰く、特にそういうことはなかったみたいなんだよ。

 口喧嘩程度はあったみたいだけど、それ以上のことにはならなかったみたいだ。」

「そうなんだ…。

 いや、もし父親が母親を殴ったりしてれば…、

 当然、M君の父親に対する憎悪は増すと思ったんですけどねぇ…。」

「うん。

 いいところに眼を付けたけど、

 このケースの場合は、もう少し複雑と言うか…。」

「複雑ですかぁ…。」

「そうだね。

 でも、ヒントとしては、

 M君は、母親のことは、なんだかんだ喧嘩はしても、大好き。

 でも、父親のことは大嫌い、ってことなんだけど…、ね。」

「うーん。

 でも、それだけだと、ちょっと見当がつかないというか…。

 難しいですねぇ。

 何か、もう少しヒントはないですか?」

「ヒント、ねぇ。

 そうか…。

 M君は、母親には結局、暴力を振るうことはなくて、

 壁とかふすまとか…、つまり、物に当たってたんだよね?」

「ええ、そうですよね。」

「平井さん、

 平井さんは、これまで、何か、物に当たった、ということ、ある?」

「え?

 そうですねぇ…。

 改めて聞かれると…、

 でも、たぶん、あまり…、というか、ほとんどなかったと思います。」

「そっかぁ。

 どうなんだろ、

 人が人に当たるんじゃなくて、物に当たるっていう時の心理は?」

「心理ですかぁ…。」

「平井さんは、じゃあ、どうして物に当たらないの?」

「え?

 私ですか?

 そうですねぇ…、

 なんか、物に当たるよりも…、

 そんな回りくどいことしなくても、

 直接、文句でも何でも、口にした方が早いというか…、

 あっ!そっか!

 先生、M君は、ひょっとして口下手だったんじゃないですか?」

「僕は直接話してないから、わからないけど…、

 でも、住宅展示場で、ご自由にお入りください、って見て、

 夜中にほんとに入っちゃうんだから…、

 まあ、国語力と言うか、理解力はちと怪しかったのかな?なんてね(笑)。」

「そうですよねぇ。

 だとすると、母親に、何か言いたかったんだけど、

 それがうまく言えなくて…、

 壁とか、物に当たるという…。」

「だとしたら、それで、M君は何を言おうとしてたんだろね?母親に。」

「うーん、そこですよねぇ。」

「そこで、さっきのヒントをもう一度思い出すと?」

「え?ああ。

 M君は、母親のことは、なんだかんだ言っても、大好き。

 だけど、父親のことは大嫌い、ってやつですね…。」

「そうそう。」

「だとすると…。

 M君は、父親のことを母親に訴えたかった?」

「父親の何を?」

「自分に暴力を振るうことを?」

「それは、母親はもう知ってたんじゃない?いくらなんでも。」

「それは、そうですよねぇ…。

 だとすると…。

 うーん、難しいですねぇ。」

「うん、これは難しいよね。

 私も、友達から聞いて、

 なるほど、そういう心理もあるのかって、思ったぐらいだからね。

 いや、もちろん、友達も、それをM君に質したわけではなくて、

 M君とのやりとりを通じて、たぶん、そうなのかなって思ったらしいんだ。」

「で、結局、どういうことだったんですか?M君の心理は。」

「うん。

 結局ね、M君は母親を殴るのではなく、

 壁を殴って穴を開けることで…、

 つまり、物に当たることで、母親に抗議と言うか、

 訴えてたんだね。

 なんで、あんな父親と一緒に暮らしてんだと。

 なんで、あんな父親の言いなりになってんだと…。」

「…なるほど…。

 そういうことだったんですかぁ…。」

「うん。

 ただ、今言ったように、あくまでも、これは推論なんだけどね…。」

「いや、でも、たぶん、当たってるんじゃないですかね。」

「うん、たぶんね。

 まあ、息子は、いつかどこかで、父親と対峙して、

 結局は、精神的に父親に追いつき、追い越していく、というのが、

 まあ、通過儀礼というか、必要なことなんだろうけど…、

 M君の場合は、まだ、ちょっとそれが早かったというか…、

 結局、腕力では父親には勝てず…、

   さりとて、大好きな母親に手を挙げることは、なおできずに…。」

「おまけに、口下手だから、

 自分の気持ちをうまく表すこともできないから…。

 でも、気持ちの優しい子ですね、M君て。」

「うん、まあね。

 でも、結局は、父親からも、母親からも逃げてた…、

 ということもできるんだけどね。」

「まあ、それはそうかもしれないけど…。

 なんか、かわいそうというか…、

 切ないですねぇ…。

 で、そう推理したお友達は、そのあとどうされたんですか?」

「あ、うん。

 自分の推理というか…、

 考えをM君にぶつけたらしいよ。」

「そうですか。

 M君はなんと?」

「まあ、自分をあまり客観視することが苦手な子だったから、

 口ではあまり反応しなかったというか…。」

「そうなんですね…。」

「でも、友達の話を聞くうちに…、

 涙が一筋、頬を伝わったらしいよ。」

「そうですかぁ。」

「そうこうしてるうちに、

 友達も、自分の受験勉強に集中しなきゃいけなくなって、

 間もなく、M君の家庭教師も終えることになってね…。」

「え?

 そうなんですか?」

「うん。

 ただ、これにはまだ後日談があってね。」

「え?

 話してください。聞きたいです。」

 

(つづく)

 

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