創作読物69「同調圧力ってやつですね」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「うん。

 そうだねぇ…。

 たとえば…、子どもが宿題を忘れたとか、

 遅刻したとか…、授業中に私語したり、

 授業に支障が出るようなことしたりとか…。

 特に、校則のようなルールがあったわけではないから、

 結局は、それぞれの講師の主観と判断で体罰が行われてたかな。」

「体罰って、

 たとえば…、ビンタとかですか?」

「うん、

 それも講師によって、いろいろだったみたい。

 ビンタする人も居たし、本とかで頭をポンと叩く人も居たかな。

 女性の講師は、そっちだったかな。

 もちろん、体罰が横行してた、というわけじゃないんだけどね…。」

「で、先生も、

 そのう…、やられたんですか?」

「うん。

 やった、やらないで言うと、

 やったね、圧力に負けて(笑)。」

「圧力…ですか?」

「うん。

 言い訳に聞こえるだろうけどね…、

 塾長が体罰を容認してるってことは、

 塾に入ってから知ったんだけど…、

 ただ、その時は、正直、そうしたことへの抵抗よりも、

 いいバイト代が入る、ということのほうに気が取られてて、

 あんまり、深くは考えなかったんだよね。」

「どのくらい、もらってたんですか?」

「授業としては、なんと時給1,700円。

 で、授業の前後は、採点とか、いろんな事務処理の時給は500円だったかな。」

「え?

 今から、何年前のことでしたっけ?」

「ざっと40年前。

 すごいでしょ?」

「すごいって言うか…、

 だって、その40年後の僕の時給なんて、1,200円でしたよ。

 やんなっちゃいますね。」

「うん。

 今考えても、すごいと思うよ。

 私の場合は、週に2日やってたから、

 夕方4時半までに入って、5時からの一コマと

 7時からの一コマの2つ担当して、9時半には退勤だったかな。」

「ええ。」

「なので、月にだいたい9日勤務で、5万から6万近くもらって…。

 で、夏休みとか、冬休みの集中講座の場合は、一日中やってたから、

 月に10日ぐらいで15万円か、20万近く行ったこともあったかな。」

「えー。

 やめられないじゃないですか。」

「荒稼ぎしてたね(笑)。」

「ですねぇ。

 羨ましい。」

「だから、学生時代には、小遣いには困らなかったんだけど…、

 ただ、体罰の話に戻ると…。」

「ええ。」

「正直、

 おおいに抵抗があったね、僕の場合には。」

「というと、

 抵抗感なくやってた人も居たってことですか?」

「体罰を当たり前って考えてる人たちは、

 抵抗感はないでしょ。」

「そうなんですかねぇ。」

「その塾は、

 いわゆる社会人の正社員は、2割ぐらいで、

 あとの8割は、学生のアルバイト講師って感じで…。」

「今も、塾はだいたいそんなもんでしょうね。」

「で、

 その学生講師も、

 その塾出身のアルバイトも居て、

 そういう人は、自分がそうやられてきたわけだし、

 その上で、アルバイトしてたんだから、

 あんまり抵抗はなかったんじゃないかな。」

「先生は、その塾の塾生だったわけじゃないですよね?」

「うん。

 私は、外様ね(笑)。

 外様と言うか…、私自身は学習塾に入った経験はないので…。

 で、その外様の中にも、教師志望の人と、そうでない人と居て…、

 そうでない人、つまり教育について、さほど関心もなくて、

 まあ、いいバイトとして、割り切ってやってた人は、

 体罰に対してもそれほど深くは考えないと言うか…。」

「塾の講師してて、教育に関心がないってのも、

 おかしいって言えば、ちょっと変ですね。」

「まあね。

 でも、塾の実態として、そんなもんじゃないのかな。」

「まあ、僕がバイトしてた塾も、そんな感じではありましたけど…。」

「ああ…、

 平井さんは、かまやつひろしの我が良き友よ、って知ってる?」

「え?

 あぁ、あの、下駄をならして奴がくる~ってやつですか?」

「あ、そうそう。

 あの歌って、6番まであるんだけど…。」

「そんなに長かったんですね。」

「うん。

 その何番目かの歌詞に、

 家庭教師の柄じゃない、

 金のためだと言いながら、

 子ども相手に人の道、

 人生などを説く男、っていうくだりがあって、

 よく、塾の仕事帰りに、カラオケ行ったりして、

 大声で、自嘲気味に歌ってたよ、そういう連中は(笑)。」

「歌詞を、地で行ってたわけですね(笑)。」

「そうそう。懐かしいけど…。

 ただ、体罰については、私の場合はとても抵抗があってね。

 でも、なんと言うか…、

 まあ、さっきは圧力って言ったけど…、

 周りがそうしてると、やらざるを得ないと言うか…。」

「それって、

 同調圧力ってやつですね。」

「そうそう。

 以前、陽香さんのお母さんとも話したんだけど、

 少数派が、多数派と同じように考えたり、

 行動したりするように、暗黙のプレッシャーを受けて、

 結局、少数派も自分の意見や考えを押し殺すようになってしまうっていう、

 あれね。」

「同調圧力って、

 日本独特のものなんですかね?

 なにが原因と言うか…、

 関係してるんでしょうかね?」

 

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