創作読物78「父親の寛大な心」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「そうですか…。

 で、N君とはどんな話をしたんですか?」

「ああ…。

 平井さんね、

 実は、私はその頃、にわかクリスチャンとして、

 日曜日ごとに教会に通ってたんだよ。」

「え?

 そうなんですか?」

「うん。

 その頃付き合ってた彼女が、クリスチャンだったんでね(笑)。

 でも、私の場合は、敬虔なるクリスチャンでなく、

 経験あるクリスチャンね(笑)。」

「面白いですね(笑)。

 で、今はどうなんですか?」

「え?

 教会?」

「ええ。」

「うん。

 まだ、放蕩息子ってところかなぁ。」

「放蕩息子?

 なんですか、それ?」

「ああ。

 その後ろの本棚に聖書があるでしょ。

 その中の、ルカによる福音書の…、

 えーと、15章11節を開いて、読んでみてよ。」

「あ、はい…。

 聖書なんか、ちゃんと読むの初めてだなぁ…。

 えーと、ここからですかね?」

「うん、そうそう。

 11節から…、32節まで、ちょっと悪いけど、声出して読んでみて。」

「あ、はい。

 では、読みますね。

 また、イエスは言われた。

 ある人に息子が2人いた。

 弟の方が父親に、

 お父さん、私が頂くことになっている財産の分け前をくださいと言った。

 それで、父親は財産を2人に分けてやった。

 何日も経たないうちに、下の息子は全部を金に換えて、

 遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。

 何もかも使い果たした時、その地方にひどい飢饉が起こって、

 彼は食べるにも困り始めた。

 それで、その地方に住むある人の所に身を寄せたところ、

 その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。

 彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、

 食べ物をくれる人はだれもいなかった。

 そこで、彼は我に返って言った。

 父の所では、あんなに大勢の雇い人に、

 有り余るほどパンがあるのに、私はここで飢え死にしそうだ。

 ここを立ち、父のところに行って言おう。

 お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。

 もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の1人にしてください、と。

 そして、彼はそこを立ち、父親のもとに行った。

 ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、

 憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

 息子は言った。

 お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。

 もう息子と呼ばれる資格はありません。

 しかし、父親はしもべたちに言った。

 急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、

 足に履物を履かせなさい。

 それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。

 この息子は、死んでいたのに生き返り、居なくなっていたのに見つかったからだ。

 そして、祝宴を始めた。

 ところで、兄の方は畑に居たが、家の近くに来ると、

 音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。

 そこで、しもべの1人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。

 しもべは言った。

 弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、

 お父上が肥えた子牛を屠られたのです。

 兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。

 しかし、兄は父親に言った。

 このとおり、私は何年もお父さんに仕えています。

 言いつけに背いたことは一度もありません。

 それなのに、私が友達と宴会をするために、

 子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。

 ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を

 食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。

 すると、父親は言った。

 子よ、お前はいつも私と一緒にいる。私のものは全部お前のものだ。

 だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。

 居なくなっていたのに見つかったのだ。

 祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」

「ありがとう。

 平井さんは、朗読がうまいね(笑)。

 声が良く通るね。」

「いやぁ…。

 でも、なんですか?この話。

 全然意味不明なんですけど…。」

「そう?

 どんな点が?」

「なんで、父親は放蕩息子を許して、迎え入れたんですか?

 しかも、大歓待じゃないですか?」

「うーん。

 聖書にはたとえ話が多いからねぇ。

 しかも、難解なのがね。

 まあ、父親の寛大な心というのが、大切って話なんだけど、

 キリスト教を知らない人には、意味がわからないかもね。

 兄のほうが人間臭いから、共感呼ぶかもね。

 父親の対応は、常人とは言い難いからね。」

「ですよねぇ…。

 でも、先生は、放蕩息子ってことは、

 また、教会に戻るってことなんですか?」

「ん?

 あ、いや、

 まだ当分は放蕩息子かなぁ(笑)。」

「そうですか…。

 で、N君には、この聖書の話をしたんですか?」

「あ、いや。

 でも、この放蕩息子の話でも、良かったかなぁ…。」

「じゃ、

 別の話ですか?」

「うん。

 聖書にある話ではなく、

 キリスト教絡みの話ね。」

「どんな話ですか?」

「うん。

 平井さんは、Footprintsっていう詩、知ってる?」

「Footprintsって…、

 あしあとのことですか?」

「うん。そうだね。」

「あ、いや、

 でも、そういう名の詩は知らないです…。」

「そっかぁ。

 これも、クリスチャンじゃないと、

 あまり、眼にしないかもね。

 その聖書の後ろのほうに、紙が挟まってない?」

「え?

 ああ、これですか?」

「うん。

 それも読んでくれる?

 Footprintsの詩だから…。」

 

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