創作読物79「神は乗り越えられる試練しか与えない」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「はい。

 じゃ、また読みますね。」

「うん。

 よろしく。」

「ある夜、私は夢を見た。

 私は、主とともに、渚を歩いていた。

 暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。

 どの光景にも、砂の上に2人のあしあとが残されていた。

 1つは私のあしあと、もう1つは主のあしあとであった。

 これまでの人生の最後の光景が映し出された時、

 私は砂の上のあしあとに目を留めた。

 そこには1つのあしあとしかなかった。

 私の人生で一番辛く、悲しい時だった。

 このことがいつも私の心を乱していたので、

 私はその悩みについて主にお尋ねした。

 主よ。私があなたに従うと決心した時、

 あなたは、すべての道において私とともに歩み、

 私と語り合ってくださると約束されました。

 それなのに、私の人生の一番辛い時、1人のあしあとしかなかったのです。

 一番あなたを必要とした時に、

 あなたがなぜ私を捨てられたのか、私にはわかりません。

 主はささやかれた。

 私の大切な子よ。私はあなたを愛している。

 あなたを決して捨てたりはしない。

 ましてや、苦しみや試みの時に。

 あしあとが1つだった時、私はあなたを背負って歩いていた。」

「うん。

 どう?」

「あ、

 すいません。

 もう一度黙読させてください。」

「はい、どうぞ。」

「なるほどぉ…。

 この話の内容をN君に話したんですか?」

「うん。

 たぶん、私が朗読したと思う。」

「どうでした?N君。

 なんか言ってました?」

「何て言ったかは、もう忘れちゃったなあ…。

 何か言ったかなぁ…。

 とにかくキョトンとしてたことは覚えてるよ。」

「なんで、この話をN君にしたんですか?先生は。」

「うん。

 Nは、それまでにも、いろいろと問題を起こしてたんだけど…。

 なんか、自暴自棄って言うか…、

 自分には味方が居ないと言うか…、

 そう思い込むことで、捨て鉢になってたところがあったんでね。」

「ええ。」

「だから、

 この詩を読んで、

 そのあとにこんな話もしたかな…。」

「どんな話ですか?」

「うん。

 たとえばの話だけど、

 自分はその人のことやその人の存在自体知らないんだけど、

 その人は、Nのことを良く知っていて、

 いつも、遠くからNのことを見守ってる、

 そんな人の存在を、Nは信じる?って。」

「N君は、それ聞いてなんと?」

「さらにキョトンとしてたかな(笑)。

 たぶん、何言ってんのこの教師って思ったんじゃないかね(笑)。」

「かなり抽象的と言うか、

 精神的な話ですからね(笑)。」

「まあね。

 でも、クリスチャンにしてみれば、

 それは神ということになるんだろうけど、

 神でなくても、そういう人の存在て、大切と言うか…、

 人って、一人では生きていけないから、大事でしょ?」

「それはそうですね。」

「そのへんの感覚と言うか…、

 なんか、Nにも感じて欲しかったから話したんだけど…。

 まあ、いつか将来、変なこと言ってた教師が居たなぁ、

 と思い出してくれればいいや、と思ってね。」

「今、

 N君は、何歳ぐらいですか?」

「もう、50を超えてるよ。」

「そうですか…。

 放蕩息子っていう歳じゃないですね(笑)。」

「うん。

 でも、同じクラスの子たちとも、

 音信不通らしいけどね。

 長~い旅に出てるのかね(笑)。」

「でも、

 このFootprintsの詩、

 いろいろと考えさせられますねぇ。」

「あ、これね。

 この詩には、ちょっとしたエピソードがあってね。」

「どんなですか?」

「この詩の作者は、

 アメリカ人のマーガレット・F・パワーズという女性なんだけど、

 ずっと長い間、作者不詳ってことになってたんだよね。」

「ええ。」

「で、マーガレットさんの夫のポールさんが、

 事故で重傷をおい、集中治療室で寝ていた時に、

 朝早くクリスチャンのい看護師がやってきて、

 ポールさんに、あなたと奥さんと娘さんのために、

 祈らせていただいてよろしいか、と聞いて、祈ってくれたんだって。」

「ええ。」

「で、

 その祈りの後に、このFootprintsの詩を読んだらしいんだけど、

 読み終えてから、ポールさんに、

 私はこの詩の作者を知りません。作者不明なのです、と言ったら、

 ポールさんが弱々しく手を上げて、私は作者を知っています、と。」

「ほう。」

「その時、

 看護師は薬で意識がもうろうとしているのだと思って、

 聞き流したらしいんだけど、

 ポールさんは、さらにもう一度はっきり言ったんだって。

 私は作者をとてもよく知っています。……私の妻です、と。」

「へー。

 そんなことがあるんですねぇ…。」

「うん、奇跡的だね。

 なんでも、この詩は1964年に書かれたらしいんだけど、

 その後、引っ越しの時に、荷物が間違って配達されて、

 行方不明になってしまってたらしいんだよ。

 それが、いつの間にか誰かの手によって「作者不詳」ということで発表され、

 有名になった、というわけ。」

「有名なんですか…。」

「これも、知る人ぞ知るの類かね(笑)。」

「なんか、この詩を読んで、

 あのドラマのセリフを思い出しましたよ。」

「え?なに?」

「神は乗り越えられる試練しか与えない、って。」

「なるほど。」

 

(つづく)