創作読物80「生徒に舐められちゃいけない」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「ところで…、

 N君は、今でこそ音信不通かもしれないですけど、

 修学旅行後は、何か変化はあったんですか?」

「うーん。

 もともと飄々としてる感じだったからねぇ。

 特に、変化という変化もなく…、

 もちろん、内面の変化まではわからなかったけど、

 相変わらずって、感じだったかな、卒業まで。」

「そうですかぁ…。

 でも、さすがに修学旅行先では、神妙にしてたんでしょう?」

「うん。

 まあ、それはね。

 いろいろな先生に護送されてる間に、

 いろんな話をされたんだろうしね(笑)。」

「でも、初日から、

 散々でしたね、先生としては。

 だいぶ、こたえたんじゃないですか?」

「そうだね。

 まだ、首とか頭とかが痛かったからね。

 でも、Nのお蔭って言うと変だけど、

 さすがに初日の夜は、うちのクラスの生徒たちは、

 少なくとも、表面上は大人しく就寝してたよ(笑)。」

「担任思いの生徒たちですねぇ。」

「ま、それも初日だけだったけどね。」

「と、言うと?」

「うん。

「二日目の岡山のホテルでやらかしたんだよ(笑)。」

「今度は何を?」

「まあ、

 やらかしたって言うと、大袈裟かな。

 ちょっと調子づいた男子生徒が3人いてね。」

「酒とかタバコとかですか?」

「いや、

 前の晩の各部屋での最終点呼の後に、

 寝たふりしてたんだけど、

 そのあと、こっそり抜け出して、

 同じクラスの女子の部屋に入って…。」

「ありがちですね(笑)。」

「うん。

 で、明け方近くまで話し込んで…、

 結局、そのまま女子部屋の押し入れの中で、

 朝までうたた寝してたってわけ。」

「間抜けですねぇ(笑)。」

「まったくね(笑)。

 朝、自分たちの部屋に居ないから、

 すぐにそれがばれて…。

 結局、私が見当つけて探したら、

 女子の部屋の押し入れで、寝ぼけまなこで、ボーっとしてた…。」

「で、先生はどうされたんですか?」

「うん。

 そこなんだよ。

 当時、その学年団には、

 いわゆる強面の教師が居てね。」

「ええ。

 ひょっとして、生徒指導の担当ですか?」

「そうそう(笑)。

 まあ、定番なんだけどね。

 その先生は、実はとってもいい先生なんだけど、

 体罰するのが、玉に瑕って感じで…。

 今だったら、教師やってらんないかな。」

「今から、30年以上も前のことでしたっけ?」

「そうだね。

 当時はね…、

 いや、これは今でもそうなんだと思うけど…、

 新採用とか、若い教師が学校で勤め始めると、

 必ず、先輩教師で、生徒に舐められちゃいけない、

 最初が肝心だ、って、もっともらしいことを言う人が居るんだよ。」

「ああ、

 僕も去年、言われましたよ(笑)。」

「でしょ?

 で、昔だったら、結局、体罰なんだよね、

 舐められないようにする簡単かつ効果的な方法は。」

「なるほど。」

「今、効果的って言ったけど…、

 効果は表面的で、結局、そういうハッタリかます教師は、

 舐められちゃうんだけどね、薄っぺらで、中身がないから。」

「でしょうね。

 居ますよ、うちの学校にも。

 さすがに体罰はしないけど、

 恫喝と言うか、言葉で脅す人が。」

「まさしく、ハッタリだよね。

 蹴ったり、殴ったり、

 あるいは、言葉の暴力で生徒を支配しようとしても、

 その教師が本物かどうかなんて、生徒たちは、簡単に見破るからね。」

「ですよね。

 僕も、1年間やってきて、

 そのへんのことは、よくわかりましたよ。

 やはり、人格と言うか…、

 生徒たちは、この教師には一目置くとか、

 逆に軽んじるとか、とっても敏感に反応しますからね。」

「それって、

 生きるための本能的なものかもね。」

「そうかもしれませんね。

 さっきの人みたいに、

 生徒を威圧して、舐められないようにする人も居れば、

 普通にしてて、自然に生徒に慕われ、尊敬される人も居るわけで…。」

「だよね。

 結局、上下関係じゃないんだろうね、教師と生徒って。

 そういう関係に持っていこうとすると、生徒たちはその人を拒絶するよね、

 心の中では。」

「そうですね。

 大学で、教職課程の授業受けてた時に、

 こんなこと言ってくれた先生が居ましたよ。

 教師には、3種類いると。

 1つは、本ぺスタ。

 2つ目は、偽ぺスタ。

 そして、もう1つが流れ者、って。」

「ぺスタ?

 それって…、ペスタロッチのこと?」

「そうです。

 近代教育の父、ペスタロッチですね、教育史的には(笑)。

 つまり、その先生はペスタロッチのことを教師の鏡、

 The mirror of the teacherとして比喩的に使ったんでしょうけどね(笑)。」

「なるほど。」

「つまり、

 本ぺスタは、本物の教師。

 偽ぺスタは、文字どおり、本物の振りをしてる偽物教師。」

「で、流れ者は?」

「ええ。

 流れ者は、そうした信念や信条とは無縁で、

 あちらこちらの学校を、ただ、点々と渡り歩く漂流的な人。」

「なるほど。

 面白いね、その先生(笑)。」

 

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