創作読物86「ひどい女性だなって、まずは思いましたよ」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「うん。

 じゃ、ちょっと落ち着いたみたいだから、

 ゆっくり話そうかね。」

「はい。お願いします。」

「でも、その前に、

 ここにいること、お母さんに言っておいたほうが良くない?」

「あ…、

 そうですね。」

「じゃ、そこの電話使っていいから。」

「あ、はい。

 ありがとうございます。

 

 あ、もしもし、お母さん?

 うん。今ね、実はね、藤井先生の所に来てるの…。

 うん。そう。

 そうだね。わかった。そんなに遅くはならないから…。

 うん。じゃあね。」

「伝わった?」

「はい。

 先生によろしくお伝えください、と。」

「そう。

 で、今日なんだけど…、

 3時から施術の予約が入ってるから、

 あと、1時間ぐらいかな、今日話せるのは。」

「あ、はい。

 すいません、いきなり来ちゃって…。」

「うん。

 それはいいんだけど…。

 えっと…、

 あ、暴力の問題だったね。」

「ええ。」

「あのね。

 こういう実験があるんだけど…。」

「実験ですか…?」

「うん。

 まあ、ちょっとイメージを膨らませて、

 情景を頭の中に思い浮かべてみて…。」

「あ、はい。」

「えっと…、

 まず、映画館で、観客が映画を観る感じで座ってる、と。」

「はい。」

「で、観客は、実験に参加してる人たちなので、

 老若男女、いろいろなんだけど、

 みんな、頭に脳波を測る器具をつけてるのね。」

「あ、はい。」

「で、いよいよ、実験開始ということで、

 スクリーンに映像が流れるんだけど…。」

「ええ。」

「まずは、サイレントってわかるかな?」

「いえ…、わかりません。」

「無声映画ね。

 音声はないんだよ。

 でね、内容はね…。

 若い男女が、面と向き合ってて…、

 女性が、男性の頬をひたすら平手打ちする映像なんだよ。」

「何度も殴るんですか?」

「うん、そう。

 男性は無抵抗なんだけど…、

 とにかく、執拗に殴り続ける映像で…。

 まあ、それが映像1ね。」

「2もあるんですか?」

「うん。

 映像1の直後に、映像2を流すんだけど…、

 今度は、内容は映像1と同じなんだけど、

 違うのは、テロップが流れるんだよ。」

「え?どういうテロップなんですか?」

「うん。

 夫は、浮気がバレて、妻に殴られています、っていうね。」

「はぁ…。

 そういうことですか…。」

「うん。

 そういうこと(笑)。

 で、1と2を観た観客の脳波の変化を見るという実験なんだね。」

「あ、そういうことですか…。

 で、どうだったんですか?」

「うん。

 実験後にね、

 アンケートも取ってるんだけど…。

 それによると、映像1を観た時は、

 妻が夫を殴る理由が、当然わからないので…、

 あんまり殴り続けるから、だいたいの人は、

 妻、つまり女性に対して、あまり快く思ってなくて、

 男性、つまり夫に対して、同情的というか…、

 そんな感じだったわけ。」

「そうですね。

 私も頭で想像してた時は、

 なんか、ひどい女性だなって、まずは思いましたよね。

 でも、そのうちに、なんか理由はあるんだろな、とは思ったけど…。」

「うん。

 観客もみんなそんな反応だったみたい。

 で、その後に映像2のテロップを見たら…。」

「どんな反応が出たんですか?」

「うん。

 アンケートでは、

 夫が殴られるのは、当然だと思ったっていう記述が多かったんだけど…、

 肝心なのは、その時の脳波の反応でね。」

「ええ。」

「陽香さんは、

 感情とか、感情的の反対語ってわかる?」

「え?

 感情の反対語は…、

 理性ですか?」

「うん、そうだね。

 感情に対しては、理性だよね。

 でも、その、感情的になるとか、理性的になる、ってのは、

 全て脳の働きっていうのは知ってた?」

「え?

 あ、はあ。

 まあ、言われれば、そうなんだろうな、とは思うけど…、

 普段は、そんなこと、あまり意識してはないですよね。」

「うん。

 たぶん、多くの人はそうだよね。」

 

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