創作読物 30「自分にとって不利益が生じるのを恐れる」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「そう感じられるなら、

 きっと、今が考え時なんでしょうね。」

「でも…、

 先生はどうなんですか?」

「どう、とは?」

「つまり、そのう…、

 言いたいことは、ちゃんと面と向かって言うほうなんですか?」

「あ、私ですか…(笑)。

 どう思います?」

「きっと、ズバッと言っちゃうんだと思います(笑)。

 違いますか?」

「まあ、言っちゃうんでしょうね(笑)。」

「でも、言っちゃうと、そのあとどうなるんですか?

 なんか影響が出るんじゃないんですか?」

「そうですね…、まあ、浮いちゃうというか…(笑)。

 日本て、やっぱり、そういう時にはっきり物言うのって、

 そういう人って、あまりいないというか…。」

「そうですねぇ。

 やはり忖度とか…、長い物には巻かれるって言うんですかね?

 何か違うな?と思っても、なかなかそれを口に出して言う人は

 少ないですよね。

 それを言うことで、何か、関係性が崩れたり、

 自分にとって不利益が生じるのを恐れるんですかねぇ。」

「うん。でも、そこなんですよね、私が言いたいのは。

 つまり、言うべきこと言って、それも別に突拍子もないことを言う訳でも

 なくて、ただ話し合いというか、意見交換のために発言してるのに、

 結果、浮いちゃったり、疎まれたり、その話題をなかったことにされたり…、

 結局、話し合いにならない、ってことは、よくありますよ。」

「うーん。

 なんか、和を乱してるって思われるんですかねぇ。」

「でも、その程度で乱れる和だったら、崩れる関係性なら、

 そもそも本物じゃないって言うか、偽りの関係性って言うか…、

 遅かれ早かれ、いつかはダメになる関係なんだと思いますけどね。」

「そうかもしれませんね。

 でも、事を荒げるということよりも、

 何となく、平和を求めるっていうか…。

 そういう人のほうが多いんじゃないですかねぇ?自分可愛さに。」

「まあ、そうでしょうね、圧倒的に多いでしょうね。

 だから、物事が良い方向に進まないというか、変わらないわけですね。」

「でも、じゃあ、先生は案外、敵が多いんじゃないですか?」

「ははは。そうかもしれませんね(笑)。

 だから、友達は少ないですよ(笑)。」

「えー?

 そうなんですかぁ?」

「私ね、時々、私の子どもたちに、

 俺は友達いないからって言うんですよ。

 もちろん半分冗談ですけど(笑)。」

「でも、ということは、半分はほんとなんですか?」

「おっと、これは一本取られましたね(笑)。」

「でも、お子さんたちは何て言うんですか、それ聞いて。」

「え?マジかよって。笑えるって(笑)。

 子どもたちは、友達多そうですからね。

 信じられないんでしょうね、友達がいないなんて。たぶん。」

「そうでしょうね。

 陽香も、友達たくさんいましたからねぇ。

 でも、その仲良かった友達たちに、いじめられて…。」

「あのう…、飯塚さんね。」

「あ、はい。」

「飯塚さんが、ここにいらっしゃるのは、今日で3回目ですけど…、

 私は、陽香さんのこと、実はあまり話題にして来なかったでしょう?」

「ええ、そうなんですよね。

 私は陽香のことで悩んで、ここに来たんですけどね(笑)。

 なかなかお話が陽香のことにはならなくて…。」

「ご不満でしたか?」

「いやぁ、それがですね…、

 確かに、初めての時は、ちょっと何でなんだろう、とは思ったんですが、 

 でも、先生といろんなお話をするうちに、何というか…、

 あまり気にならなくなったと言うか…、不思議なんですけどね。」

「そうですか。

 じゃあ、これも振り子の原理の効果ですかねぇ(笑)。」

「え?そうなんですか?

 でも、とにかく、いろんなことを考えるようになった分、

 陽香のことを考える割合が減ったというんですかねぇ…。

 確かにそういうところはありますねぇ。」

「そうですか…。

 ところで、最近の陽香さんはどうですか?

 この2週間で、何か変わったというか…。

 確か、この前いらした時は…、

 スキンシップを求めてきたというか…、

 陽香さんが肩揉んでって、言ってきたんでしたよねぇ?」

「ええ、そうでしたね。

 で、その後はですねぇ…。

 確か、先週の木曜日の夜だったと思うんですけど…。」

「ええ。

 何かありました?」

「テレビで、ドキュメンタリーやってたんですよ、不登校生の。

 それを陽香が一生懸命見てて…。

 そんなまじめな番組なんて、滅多に見ない子だったんですよ、これまでは。」

「ほう。

 で、私はそれ見なかったんですが、どんな内容だったんですか?」

「ええ。

 見てて、なんかとっても怖くなっちゃったんですけど…、

 中学時代に、やはりいじめで不登校になった男の子が、

 その後も学校には全然行けなくなって…、いわゆる引きこもりになっちゃって…。

 そして、しだいに家の中で暴れるというか…、親に暴力振るうようになって…。

 でも、二十歳になる直前に、些細なことから父親と口論になって…、

 そのうちにその子が、手を付けられないほど暴れて…、

 結局、父親がその子を、ゴルフのクラブで殴ってしまって…、

 その子が、命には別条ないんですけど、重傷を負ってしまった、というね…。」

「なるほど。」

「ええ。

 それを陽香が、なんか真剣に見てたんですよ。

 でもそのあと、特にその内容について、話すということもなく、

 自分の部屋に入って行ったんですけどね…。

 なんか、こう、後姿が寂しそうな…、そんな気がして…。」

「そうでしたか…。」

「で、翌日の午後、私と居間にいたら、

 陽香がそのテレビのことを話しかけようとしたんですけどね、私に。」

「ええ。」

「ただ、ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴って…。

 陽香の担任の平井先生と、学年主任の久保田先生がいらしたんですよ。」

「ええ。

 そしたら、陽香さんは?」

「ええ。

 すぐにそのまま、自分の部屋に入ってしまって…、

 先生たちが帰るまで、出て来ませんでした。」

「じゃあ、テレビの話もそれきり、ということですかね?」

「はい。

 陽香のほうからは話してこないので…、

 私も、どうしようかな、とは思ったんですけど…。

 それきり、話しかけませんでした。」 

 

(つづく)

 

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