創作読物72「眼に見えない害」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
前回は、こちらから。
「よく、
あの時、あの先生に殴られたことがきっかけで、
立ち直れたとか…、そういうことを言う人も居るみたいですけど、
やはり、大概の人にとっては、体罰ってのは、嫌な思い出ですよね。」
「まあ、たまたま体罰をきっかけに、何か事態が好転すれば、
その人は、お蔭様で、っていう気持ちになるのかもしれないけど、
そういう人は稀で、99%の人は、苦い思い出と言うか、
思い出したくもない、ってのが普通だろうね。」
「ですよね。」
「それに、
やっぱり、体罰ってのは、眼に見えない害もあるからね。」
「眼に見えない害ですか?」
「うん。
たとえば、殴って、唇が切れて血を流せば、
それはまあ、眼に見える害だけど、
やはり、平手にしろ、ゲンコツにしろ、
脳に振動を与えるから、何度も受ければ、脳はダメージを受けるんだよね。」
「なるほど、
それが眼に見えない害ですか。」
「たとえば、
お前はなんで勉強しないんだ、
なんで勉強ができないんだ、って殴られてる子が居たとして、
その子の脳の発育は阻害されて、
具体的には、前頭葉がしだいに委縮する危険性があるから、
結局、体罰によって、余計に記憶力や学習能力が下がる、ってのは、
そういう研究結果もあるみたいだし…。」
「え?
そうなんですか?
でも、言われてみれば、そうだろうとも思いますよね。」
「それに…、
そうだ、平井さんは、体罰の対語はなんだか知ってる?」
「対語ですか?
つまり、反対語ってことですか?」
「うーん、
反対語って言うより、ペアって言ったほうがいいかな。」
「ペア?
うーん。何だろ?
身体に対する罰の反対語と言うか、ペアだから…、
うん、心への罰で心罰ですか?」
「ああ、なるほどね。
それでもいいかもね。
まあ、心はどこにあるかって言うと、やはり、脳でしょ?
だから、体罰の対語は、脳罰かなって、私は思うんだけど。」
「なるほど、
脳罰ですか?」
「うん。
で、脳罰は、場合によっては、体罰よりもタチが悪いと言うか、
悪影響をもたらすからね。」
「と、言うと?」
「たとえば、
さっきの話で、
お前は、なんで勉強ができないんだ、って言われ続けた子が、
しかも、お前のお兄さんやお姉さんはできたのに、なんでお前は…、
なんて言われ続けたら、やはり、トラウマと言うか、脳に傷を負うんだよね。
もちろん、脳の発達にもいい影響が出るわけないし。」
「怖いですね、それは。」
「うん。
だから身体にダメージを与える体罰は、
もちろん、良くないんだけど、
もしかしたら、心や脳にダメージを与える脳罰のほうも、問題だよね。」
「具体的には、どんなことが脳罰になるんですか?」
「まあ、一番わかりやすいのは、
さっきみたいに、嫌みを言うとか…、
言葉の暴力って言ったほうが、わかりやすいかな。」
「さっきの例みたいに、
○○ちゃんはできるのに…、とかですか?」
「それとか、
お前なんか、生まなければ良かったとか…ね。」
「それは、キツいですよね。
でも、それって、脳罰と同時に、立派な虐待ですよね?」
「うん。
虐待だね。
虐待って言うと、殴る、蹴るみたいなイメージが強いかも、だけど、
そういう、言葉による暴力、虐待ってのは、逆にわかりにくいから、
始末が悪いよね。」
「うーん。
でも先生。
そういうことする親は、親自身が切羽詰まってると言うか…、
そうするしかないと言うか…、
つまり、他の方法がわからないわけでよね?」
「そうだね、
ついつい手が出ちゃったり、
虐げる言葉が口をついて出ちゃうんだろうね。」
「そういう場合、
どうしたらいいんですかねぇ?」
「うーん。
難しいよね。
よく、ものの本なんかでは、
クリティカル・シンキングとか、
ロジカル・シンキングって言って、
子どもが悪いことしたりして、叱る時には、
冷静に、なぜそれが良くないのかを、子どもに考えさせる、
なんてことを言ったりするけど…。」
「それが、できる親は、
言われなくても、やってますよね、おそらく。」
「そうだろうね。
でも、子どもの成長ということで言えば、
やはり、直ぐに手を出したり、口汚く罵るんではなくて、
辛抱強く、子どもに語り掛けて、考えてもらうっていうのがいいんだろうね。」
「まあ、
それは、そうなんでしょうけど…。
難しいですね。」
「そうだね。
だから、体罰とか、脳罰の問題は、とても根深いね。」
「ですねぇ。」
「さて、平井さん。
じゃあ、塾の講師時代のことは、それで終わりとして、
今度は、高校教員になってからの体罰について白状しようか?」
「え?
あ、ああ、そうですね。お願いします。
でも、いいんですか?いろいろとしゃべっちゃって。」
「うん。
まあ、後輩である平井さんに、
いろいろと考えてもらいたいからね。」
「クリティカル・シンキングですか(笑)?」
「あ、
そうそう。クリティカル・シンキングね(笑)。」
この続きは、こちら。
神奈川県立逗子高等学校教諭を経て、1995年度から神奈川県教育委員会生涯学習課にて、社会教育主事として地域との協働による学校づくり推進事業に携わる。
その後、神奈川県立総合教育センター指導主事、横浜清陵総合高校教頭・副校長を経て、2008年度から高校教育課定時制単独校開設準備担当専任主幹。
2009年11月、昼間定時制高校の神奈川県立相模向陽館高等学校を、初代校長としてゼロから立ち上げ、生徒に良好な人間関係構築力とセルフ・コントロール力育成をコンセプトとして学校経営に当たる。
2012年4月から神奈川県立総合教育センター事業部長を経て、2014年3月に神奈川県を早期退職後、学校法人帝京平成大学現代ライフ学部児童学科准教授として、教員養成に携わる。
2018年3月に大学を早期退職し、同年4月に、大学勤務の傍ら身につけた新手技療法「ミオンパシー」による施術所:「いぎあ☆すてーしょん エコル湘南」を神奈川県茅ケ崎市にオープンし、オーナー兼プレイングマネージャーとして現在に至る。
(社)シニアライフサポート協会認定 上級シニアライフカウンセラー。
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