創作読物74「昨日の敵は今日の友」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「黙っちゃったね。

 なんか、責めてるみたいに聞こえたかな?」

「あ、いや、別に、

 そういうわけじゃないんですけど…。

 ただ…。」

「ただ?」

「あ、ええ…。

 先生のおっしゃることも、わかるんですけど…。

 でも、なかなか先輩たちに、それはおかしいとか、

 違うんじゃないかと、異議を唱えるっていうのは、

 気が引けると言うか…、難しい気がしますね。」

「うん。

 それは確かに、抵抗はあるだろうね。

 でもね、それって、相手が先輩とか、

 あるいは、権限や権力があるとかってことよりも、

 結局のところは、自分のほうに自信がなくて、

 気後れして、ひるんでるだけなんじゃないのかな?」

「つまりは…、

 相手側でなく、自分の側の問題だと…?」

「うん、そうだね。

 もちろん、一義的には、

 おかしなことを言ったり、やったりしてる相手に問題があることは

 あるんだろうけど、それ以上に問題なのは、

 それを知ったり、感じたりしていながら、

 結局、何も指摘できないっていう側の問題のほうが大きいと

 私は思うわけ。」

「でも、先生。

 そうは言っても、やはり、この若造が、って

 思われちゃうんじゃないですかね。」

「この若僧が、って思われるような言い方するからじゃないの?

 説得力ある言い方ができない、という、やはり自信のなさが、

 平井さんの中にあるんじゃない?」

「うーん。」

「それにね、

 何も知らない若僧だからこそ言える、っていう特権もあるでしょ。

 つまり、若気の至りで、勢いで言っちゃえる、って言う(笑)。」

「若気の至り、ですかぁ。」

「うん。

 もちろん、それは、先輩とか、年上の相手が、

 それを許容してくれる懐の深さが前提かもしれないけどね。」

「それが感じられないから、躊躇しちゃうんですよね。」

「まあ、大概はそうだろね。

 でもね、さっき平井さんが言ったように、

 自分も経験を積めば、もちろん言える部分も増えていくんだろうけど、

 逆に、長い物に巻かれると言うか、都合の悪いことには蓋をするとか、

 ズルくなっちゃう面もあるでしょ?」

「まあ、それもあるかもしれませんねぇ。

 若い頃は、そう考えてたけど、

 今は、とてもとても、そんな青臭い考えは持ってないよ、

 なんて人も、良く居ますからねぇ。

 それこそ、若気の至りだなんて、照れ笑いしながら、

 弁解してるような…。」

「でしょ?

 ということは、

 若い頃、自分が感じた不正とか、不誠実に対する怒りとかも、

 年齢や経験を重ねていくうちに、感じなくなっちゃったり、

 感じたとしても、かえってその感情を否定したりするようになると言うか…。」

「うーん。

 そういう人も…、と言うか、

 そういう人のほうが多いんでしょうかねぇ?

 だとしたら、なんか、年取るってのも、嫌ですねぇ。」

「うん。

 でも、それは平井さんにとっても、他人事ではなくて、

 結局、機会を先延ばしにしてるうちに、

 もしかしたら、昨日の敵は今日の友じゃないけど、

 かつて、怒りや疑問を感じた相手を、

 擁護するような振る舞いをするようになっちゃうかもしれないんだからさ。

 もちろん、昨日の友は今日の敵ってこともあるけどね(笑)。」

「そうですね。」

「まあ、

 ここから先は、

 平井さん自身が考えることだろうから、もう言わないけど、

 でも、僕は、これまで、自分の身の回りで、ずいぶんと見て来てるからね。

 その時が来たら言う、って言ってて、いつまでもその時が来ない人を(笑)。」

「そうですか。

 ありがとうございます。

 ちょっと考えてみます。」

「うん。

 あ、でね、

 私が初めて引率した修学旅行のことに話を戻すとね。」

「あ、ええ。」

「あ、

 ただね。

 その修学旅行に行く前に、ちょっとした事件というか、

 事故があってね。」

「事故って、教員の不祥事とかですか?」

「いやいや、

 交通事故。」

「え?

 誰がですか?

 もしかして…。」

「そう。

 そのもしかしての、私が交通事故に遭っちゃったんだよ。」

「え?

 どんな事故だったんですか?」

「うん。

 完全なもらい事故なんだけど…。

 修学旅行に行く一週間ぐらい前だったかな。

 その頃は、まだ土曜日も半日授業してた頃で、

 それが終わって帰る途中、国道を自家用車で走ってたら、

 前の車が、どこかで小路に左折したいらしく、

 でも、その左折箇所がわからない感じで、もたもた走ってたわけ。」

「ええ。」

「で、しょうがないから、私も減速して…、

 今考えると、車線変えて追い越したらよかったんだけど、

 付き合っちゃったんだよね、そのノロノロ運転に。」

「ええ。」

「そしたら、私の後ろから、軽トラが猛スピードで突っ込んできて。」

「え?

 それで、どうなったんですか?」

「うん。

 急ブレーキの音がしたんだけど、

 次の瞬間、ガッチャーン!て物凄い音がして…、

 気が付いたら、私は運転席ごと仰向けに倒れてて…、

 結局、前の車と後ろの車に挟まれちゃったんだよね。」

「運転席ごと仰向けって、

 どういうことですか?

 で、怪我はなかったんですか?」

 

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