創作読物120「失ったものより、得たもののほうが大きい」

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

前回は、こちらから

 

「そっかぁ…。

 陽香さんが、そういう気持ちなら、

 今日はもう、これ以上追究することはやめておくけど…、

 ただ、私も元教師だからね…。

 顧問の木村という人のこと、

 ほんとにこのまま無罪放免でいいのか、というと、

 それは違う、つまり、このままじゃいけないと思うんだよね。」

「…。」

「陽香さんは、もう思い出したくはないんだろうし、

 だから、もう終わったこと、過去の事として、

 整理したいんだろうけど、

 でも、顧問の木村という人にとっては、

 まだ終わってないんじゃないかと思うんだよね。」

「え?

 それはどういうことですか?

 安田先輩とのことが、まだ続いてるってことですか?」

「いや、

 それはおそらく、ないと思うけど、

 言うなれば、第2第3の被害者は、出続けてるんじゃないかと。」

「ああ、

 そういうことですね。」

「セクハラってね、

 特にスクールセクハラは、被害者よりも、

 加害者のほうが、絶対的に強い立場でそういうことしてるから、

 なかなか、表沙汰にならないんだよね。

 つまり、被害者側が泣き寝入りしちゃうケースがほとんどで。」

「そうかもしれませんね…。」

「たとえば、

 セクハラの被害者は、

 そのことを友人とか親に知られたくないとか、

 反抗したら成績に影響するんじゃないか、とか、

 安田先輩の場合は、レギュラーを外されて、

 試合に出れなくなることを恐れて…。

 でも、マッサージされてるところを、陽香さんに目撃されて、

 ものすごく焦ったんだろうね。

 だから、陽香さんに口止めして、

 でも、それだけでは安心できなかったのか、

 いとこのめぐみさんに、陽香さんのことを、

 あることないこと、おそらく悪口を言って…。」

「そうだと思います。」

「でも、

 安田先輩は、追い込まれた末にそうせざるを得なかったんで、

 安田先輩が悪いわけではないでしょう?」

「そうですね。

 先輩は、あくまでも被害者だし、

 悪いのは、もちろん先輩をそこまで追い込んだ木村先生ですよね。」

「めぐみさんだって、

 とばっちりというか、ある意味、被害者かもしれないよね。

 セクハラなんかがなければ、

 陽香さんとのことだって、友だちのままでいられたかも、だしね。」

「まあ、そういう見方もできますね。」

「そして、何よりも、

 陽香さん自身の人生が、大きく影響を受けた、

 と言っても、言い過ぎではない。

 そうじゃない?」

「確かに、

 あんなことが起こらなければ、

 もしかしたら、違った人生を送っていたんでしょうね。

 普通に、中学を卒業して、

 行きたい高校を受けて…。

 受かるかどうかはわからないけど、

 でも、今の高校とは違った所に行ってたでしょうね、たぶん。」

「うん。

 だから、木村顧問の行動は、少なくとも、

 3人の人生にとって、良くない影響を与えた、と言えるでしょ?」

「そうですね。」

「だからね、

 木村顧問は、このまま許されてはいけない、

 と思うんだよね。」

「うーん。

 そのためには、私が何かするってことですか?」

「うーん。

 結局は、そういうことなんだろうけど…。

 でも、陽香さんとしては、

 さっき言ってたように、終わったことと言うか、

 むしろ、忘れたいという気持ちのほうが強いんだよねぇ…。」

「そうですねぇ…。

 それに、直接の被害者は、先輩だし…。

 その先輩が、今、そのことをどう思っているのかもわからないし…。」

「確かに…、それはそうだねぇ…。」

「先生、

 私は逃げてるんじゃないんですよ。」

「うん。

 わかってるよ、それは。」

「ただ…。」

「ただ?」

「先輩やめぐみが、

 当時のことや、その後のことをどう思っているかはわからないけど、

 少なくとも私は、今は、そんなには損したとは思ってないんで。」

「どういうこと?」

「確かに、

 あんなことがあって、

 それがもとで、いろんなことが思うように行かなくなって…、

 不登校になったのもそうだし、行きたい高校に行けなかったのも、ね。

 でもね、

 今は、こう思えてるんですよ。

 失ったものもあるけど、それ以上に得たものもあるんじゃないかって。」

「ほう。

 凄いね、それは。」

「決して、負け惜しみで言ってるんじゃないんですよ。

 最近、ほんとにそう思えて来たんですよね。」

「失ったものより、得たもののほうが大きい、か。」

「ええ。

 具体的に、何を得たかというのは、

 まだ、漠然としてると言うか…、

 自分でもまだよくわからないですけれど…。」

「うん。

 でも、そう思えるようになった、ということだね。」

「はい。

 お蔭様で(笑)。」

 

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